おじさんと
堕なの。
おじさんと
昔の賞状を、近くのスーパーのゴミ箱に一枚ずつ捨てた。それは、誰にも見られず行った、筈だった。
「おじさん。これ落としたよ」
女の子が、てぽてぽと追いかけてきた。その手にはさっき捨てたはずの賞状が握られていた。
「おじさんは、それはもう要らないから捨てたんだよ」
そう言えば、女の子は首を傾げた。
「関係ないものは捨てちゃ駄目ってママが言ってた。おじさんも、自分の家のゴミ箱に捨てなきゃ駄目だよ」
しっかりした子だ。当たり前だと言わんばかりの顔で迫ってくる。でも駄目なんだ。その賞状たちが家にあるというだけで、どうしようもなく苦しくなってしまう。それは過去の栄光で、今に繋がらなかった遺物たちだから。
「ごめんな。家には捨てられないんだ」
女の子は納得できていない様子だったが、これ以上話すと不審者が女の子を連れ去ろうとしている画になるため、全力で走って逃げた。はじめは聞こえた女の子の足音と呼吸音は次第に離れていって、そして聞こえなくなった。手を膝について荒い息を吐く。こんなに走ったのは久しぶりだった。
あの女の子は、一体どんな大人になるのだろうか。俺みたいなニートでなければいいが、そもそも総人口に占めるニートの割合なんて低いのだから、心配するだけ無駄かもしれない。それでも、一人で居て、ちょっとした悪さを見逃せない無駄な正義感が過去の自分に重なった。親に見て欲しくて、世間的に良いと言われていることをいっぱいして、自慢の息子になろうと思った。でも蓋を開けてみれば、愛されたのは出来の悪い弟で、成功したのも弟だけだった。俺だけが落ちぶれた。
汚い三畳の部屋に帰る。窓から外を見れば、あの女の子がお母さんに健気について行っていた。待って、行かないで、私を僕を見て、痛いほど伝わってくる気持ちに視界が滲む。そんなことをしても意味なんてなくて、親は愛してなんかくれなくて。ほら、今だって君のお母さんは手のかかる赤ん坊につきっきりで君のことなんて見ていないだろう。この先ずっとそうだよ。君が一番に愛される日なんて来ないんだ。
あの女の子を救いたくなった。今の俺に救うことなど出来ないのに。あの子を救えば、過去の俺も救える気がして。それで、彼女に手を差し伸べてみたいと思ってしまった。どうせ取ってはもらえない手を。
冷蔵庫からビールを出す。正確にはビールではない安いそれで喉を潤す。泣いたからか、水分が足りない気がした。浴びるほど呑んだ。寝て、煙草を吸って、また呑んだ。
酒を飲みすぎたからだろうか、瞼の裏に泣いた少年の姿が映った。
おじさんと 堕なの。 @danano
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