第11話 2人の王女の物語

 あの催しから一週間後。

 システィアは謁見の間に騎士団を集めた。

 しかし実質的に集めたのは国王であり、システィアはあくまで裏で糸を引いただけ。

 なぜ、わざわざ国王の前に集めたか。

 それは今にも分かる。


「伝令! リーゼ・ラルフハルトが先程脱走したとのご報告が!」

「な、なんだと! すぐさま捕らえよ」

「はっ!」


 伝令を伝えに来た近衛兵は国王に一礼をした後、走り去った。


 リーゼが脱走したのは、かれこれ二時間ほど前になる。騎士団が今更追いかけたところで捕らえられるわけがないのだ。


 そんなことよりシスティアの頭の中では今、地下牢であったリーゼのことで一杯だった。


 三時間程前。システィアは正体がバレるわけにもいかず、城の地下倉庫に眠っていたボロマントを拝借した。料理人にはスープとパンをこしらえてもらい、リーゼがいる地下牢へと足を運んだのだ。


 そこは思った以上に薄暗い場所だった。

 通路の至る所にたいまつに火が点いている状態。

 地下だというのに風の流れも感じる。


(どこかに非常口か誰も知りえない脱出路でもあるのでしょうか?)


 しばらくそんな薄暗い地下牢を進み続けると、何人もの犯罪者が牢に収容されていた。


「おい、お嬢さん助けてくれよ!」

「あなたの自業自得でしょ。罪を認め悔い改めなさい」


 犯罪者は自分が犯した罪にすら気づいていない。 

 不思議で仕方ない。

 それとも自分の都合の良いように解釈し、都合の悪い部分は記憶消去でもしているのだろうか。

 もしそれが本当だとしたらどうしようもない。


 そろそろリーゼの牢に到着する。

 何をして過ごしているのか、システィア気になって仕方がなかった。

 そして牢の前で立ち止まると、鉄格子の奥に見えたのは衰弱していたリーゼの姿だった。

 

「お元気ですか?」


 システィアは敢えて「お姉さま」と呼ばずにそう言った。リーゼはおそらく意識がもうろうとしている状態。

 今なら正体気づかない。その方が都合も良いのだ。もっと彼女には掌で踊ってもらわなければならないからだ。


「…………」

「こちらをどうぞ。まともな食事をされていないとお聞きしましたので」


 システィアは料理長に作らせたパンとスープを鉄格子の隙間から入れ、牢の中に置いた。

 

「あり、がとう」

「あなたのそんな姿は見たくありませんでした。もっと良い方法がないのかと模索もしました。ですがどうしてもこの方法しかなくて……他に思いつかなかったのです。もし元気になられたらあなたは必ず恨むでしょう。その時は……」


 これはすべて本心。

 ついリーゼの姿を見ていたら……。

  

「だい、じょうぶよ……」


 今まで目的のためなら手段を選ばなかった。

 でも今回は、今回だけは……。


「おいし、い」

「ぐすっ!」


 システィアの目から急に涙が溢れてきたのだ。

 どうしてかは分からない。

 理解もできない。

 

「あなた私のために泣いてくれるの?」


 システィアはマントで涙を拭った。

 

「ええ、もちろんです。ですがそろそろお別れです。これからあなたのお仲間がこの地下牢から救い出してくれるでしょう。ではお元気で」


 別れを告げたシスティアはリーゼの顔を少し見た後、もと来た道を戻るのだった。

 その時、何者かの声が地下牢に響く。


「ユーシス急がなければ、姫様が手遅れに」

「そんなこと分かってる。だから急いでんだろ」


 ネム・エドワーズとユーシス・メルトリー。

 リーゼが最も信用している従者。

 従者二人があの牢に向かおうと、システィアには何の関係もないことだ。


 システィアは何も知らない。

 地下牢へ侵入した者も。

 これからリーゼを連れ、この国から逃亡する者も。


「感謝します。マントのお方」


 ネム・エドワーズはすれ違いざまにそう告げた。


「いえいえ、ですが覚悟しておくように」



 これが三時間前にあった出来事。

 最後に面会にも行けた。だったら……。


(やるべきことをいたしましょうか)

 

 ここから始まるは、このシスティアが考えた史上最高級の悪逆姫にふさわしい物語。


 国から迫害され逃亡する箱入り王女とその従者。


 そんな悪逆姫と従者を捕らえるべく追う者。


 裏では王座を狙い暗躍する者。


 そう、この物話の結末はすべてシスティアとリーゼの運命によって決まるのだ。


「では、始めるとしましょうか! せいぜい皆様方わたしの掌で踊り狂ってくださいませ!」

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