第9話 化けの皮
リーゼのように心の底から笑顔が溢れることもない冷酷な顔立ち。どう繕っても心の底から笑うこともできない。
化粧もした。
笑顔をも作った。それでもダメだった。
そのようなことシスティアが一番理解していた。
本当に幸せという感情が備わっているのだとすれば、子供の頃のあの時が一番幸せだったのかもしれない。三人で遊んだ時、眠った時、子供じみた悪さをした時、常に笑顔が絶えなかった。
心の底から笑っていられたのだ。
だがあの子がいなくなったことで、システィアは孤独を感じてしまっていた。常に笑顔を絶やさなかった彼女の顔は徐々に冷酷な顔立ちへと変化していったのだ。
「姫殿下いかがなさいましたか?」
「いえ、特には……亅
「もしお悩みがあるようでしたら、このレティーがお聞きいたしますが」
「心配ありません。それとあなたの質問に答えていませんでしたね。お姉さまを陥れようとはしていません。そうですね……今宵の催しから一週間は堪えるのです。お姉さまがどんな状況下であっても」
「それは……いったい?」
「わたしからは以上です。下がりなさい」
システィアの言葉に戸惑いながらも、レティーは静かに扉を開け退出した。
(失態、まさか顔や癖に出てしまうなんて)
この失態が今後不利な状況にならないよう願うことしかできない。
次の段階としては、リーゼに今宵の催しの件を話にでも行き、承諾を得ること。
システィアは再び鏡の前に立ち笑顔を作った。
「ユズハ、お姉さまの部屋と外には用心するように。聞かれてはなりませんから」
システィアは自室を後にし、廊下をひたすら真っ直ぐ進み続けた。
その奥には白い扉があり静かにノックした。
「失礼します、お姉さま。今、お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫よ」
システィアはリーゼの部屋に足を踏み入れた。
そんなシスティアと入れ替わるように部屋から退出したのは、先程の侍女レティーとリーゼの従者の一人であるユーシス・メルトリー。
退出した二人とは別にもう一人。
漆黒の不気味な鎧を身に着けた彼、いや彼女はネムといった名前だ。また彼女もリーゼの従者であり、騎士団からは〈亡霊〉と呼ばれている。
「ご――」
リーゼが何か言いかけたようだ。
それより最初の一言は些細な質問といきましょうか?
「ここが……お姉さまのお部屋ですか?」
「ええ、そうよ。何か問題でも?」
やはりシスティアへの態度は冷たいものだった。
警戒されているのか、しかしセレスとリーゼが接触する機会はないはずだ。
なら従者達が何かを吹き込んだのか?
それとも先程の侍女がリーゼに何かを伝えた可能性もある。
ここはあえて褒めておくのが正解かもしれない。
催しの件は自然な流れで伝えれば、そこまで警戒はされないはずだからだ。
後は腹の探り合いをしている、という雰囲気さえ作っておけば、何者かに聞き耳をたてられていたとしても計画に支障はないはず。
まあ、あの侍女が伝えていない、というのが前提条件だが……。
「いいえ、思ったより綺麗にされているようで、わたしは安心しているのです」
「あなたは何が言いたいの?」
「『あなた』……ですか。わたしの名前は呼んでくださらないのですね。役にもたたない従者やあの侍女の名は呼んでおられるのに」
(あら、なぜでしょうか? ついイラッとして言ってしまいました)
「で、あなたの要件はなに?」
「まぁいいでしょ。お姉さまに今宵はちょっとした催しを用意しております。楽しんでいただければと」
「催し? あなたが?」
「ええ、今までわたしとお姉さまの関係はギスギスしていました。この際、本当の姉妹、義理ではありますが、催しを通してわたくしと仲良くしていただきたいと思いまして」
リーゼはおそらくシスティアが平然とすらすら話していることが気になっているはず。急遽決まった催しならこんなすらすらと話すことは本来できないからだ。
リーゼは最初からシスティアが考えたシナリオだと思っているに違いない。
まあ今回の催しの件は間違いなく出席する。
システィアはそう確信していた。
「そう、分かったわ。時間が合えば顔を出すことにしましょう」
「必ずですよ、お姉さま。来ていただかないと面白さが半減してしまいますので!」
これでリーゼの出席は確定。
後は騎士団にでも催しの準備を……。
システィアは頭を使い過ぎたせいで、妙に身体も重く感じていた。
「ではお姉さま、わたしはこの辺で。それと警戒する必要ありませんよ。わたしは何があってもお姉さまの味方ですから」
「ありがとう、システィア」
一応そう言ってみたものの、リーゼは必ず信用なんてしていない。
だが、これである程度の準備が整った。
システィアはリーゼの部屋を後にし、再び自室へと戻るのだった。
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