第8話 裏から操る者

「お父さま、わたしと手を組むのはいかがでしょうか? 先に言っておきます。拒否権はありません。この誘いを拒んだ時点で、お父さまの首は宙に浮くことになるでしょう」


 システィアはそう提案した。


「それは……余への脅しか?」

「ええ、そう捉えてもらっても構いません」

「まずは今宵名門家の貴族の方々をお呼びして、催しでも開くことといたしましょう。そこでまず名目は適当で構いませんので、わたしとお母さま、そしてマキアス様を称えていただきます」

「そんなことで良いのか?」

「いえ、この催しの主役はあくまでお姉さまです」

「ふむ……」


 長々と説明しても、国王にシスティアの計画など理解できるはずもない。 

 なぜなら国王に計画性などは皆無。平民上がりで何の取り柄もない男だからだ。


「お父さま、お姉さまから王位継承権の剥奪およびこの国からの追放を進言いたします」

「うむ…………」


 国王は自分が今置かれている立場をよくよく理解しているようだった。疑問もなく、反論もない。

 本来ならここでなぜ、という疑問が出てくるはずだ。しかし質問してこないのは、今の立場はもちろんシスティアの駒でしかないからだ。


 だからこそ現に今、この国を支配している人物――それは国王ではなく、システィアとなる。

 セレスが男と何を企んでいるのかは分からない。

 けれど、そういった状況ですらシスティアは利用できる、その自信しかないのだ。国王の座は決して誰にも渡さない――その時まで。


「ではお父さま失礼しました。あ、催しの準備の方はわたしが進めて置きますので、それまでごゆるりと」


 システィアは謁見の間を後にした。

 そして自室へと向かうと、


「ねぇユズハ、わたし名義で今夜の催しの件を騎士団本部に伝達を。その間わたしは部屋でゆっくりと……」


 そうユズハに一枚の紙を渡そうとした瞬間だった。廊下の奥から重そうな鎧を着用したマキアスがこちら目掛けて駆け寄ってきたのだ。


「システィア姫殿下! あなたというお人は……」

「何か問題でも?」

「つい先程、国王陛下より命じられまして今夜催しを開かれると」

「ええ、指揮はすべてわたしが執らせていただきます」

「で、ですが……!!」

「不都合なことでもお有りなのかしら?」

「い、いえ。この件を王妃様には?」

「まだよ」

「では、わたくしめが王妃様にお伝えしておきます。では、失礼」


(ふ~ん、そこまでお母さまにこだわる理由……)


 ユズハに監視させることも容易だが、しばらくは泳がすことにした。今ここで何かを暴いたところで、システィアにとってのメリットは少ない。

 いざという時の備えもまだ整っていないからだ。


 システィアはマキアスの件を頭の片隅に留めて置くことにした。自室で椅子に座り、焼き菓子を口にするのは落ち着く。

 以前、リーゼとその従者達がにこにこしながら美味しそうに食べていた物が気になっていたシスティア。料理長に相談したものの、その正体が焼き菓子だったとは。おまけにそれをリーゼが作った物とは思いもしなかったのだ。


(本当にリーゼ器用なお方のようで)


 こんなに甘いのならぜひ紅茶と一緒に……。

 

 しかし扉の外から妙な気配がした。

 殺気はない、だからでは安全ではあるが、騎士団が今更システィアにどうこうは言ってこないはず。ということからして侍女の可能性が高いのだ。

 しかもただの侍女ではなく、おそらく……。


「失礼いたします。レティーでございます」

「ふふっ、何用かしら?」

「他の侍女からお茶のお時間だと聞き及びましたので」

「そう、なら机の上にでも置いといてもらえるかしら」

「承知しました」

「このわたしに他に用があってわざわざ足を運んだのよね」

「………………」


 図星だったようだ。

 リーゼの専属侍女の彼女がここに来たということは、リーゼの件で足を運んだに違いない。

 システィア一旦話を聞くことにした。


「お姉さまの専属侍女が何用でここに?」

「……こ、これ以上リーゼちゃんに嫌がらせをするのはやめていただきたいのです」

「わたしがいつお姉さまに嫌がらせを?」

「今晩の催しの件、マキアス様にお聞きしました。姫殿下がリーゼちゃんを陥れようとしていると」


(なっ!? まさかお父さまが情報を漏らした?)


 しかしそれは考えられない。

 臆病者の国王にそんな度胸はないはずだからだ。


(ならマキアスがわたしの考えを読んだとでも?)


 ありえない話だ。いやしかし仮にそうだとしたらもう少し慎重に行動する必要がある。


 さらにこの時、システィアは大きな失態を犯していた。動揺すると爪を噛んでしまう癖だ。

 それと…………。


「姫殿下そのお顔は!?」

「顔? わたしの顔がどうしたっていうのかしら?」


 システィアは椅子から立ち上がり、部屋の片隅に置いている等身大の鏡を見つめた。

 そこに映っていたのは、本来のシスティアだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る