第5話 あらぬ疑い
父上からどういった報告があるのか?
貴族達がビクビクしているのは明らかだった。
そっぽを向き父上を見向きもしない者、腕を組んで苛立ちを隠しきれない者、足をガタガタ震わせ落ち着きがない者、といかにも悪行を働いてきた貴族らしい行動だ。
隠し事があるからこそ、動揺や苛立ちを隠せない、と私は思う。
だって私自身がそうだから。
私が何か隠し事をしてると、ネムにはすぐ分かってしまうらしい。
癖がなんだとか……言ってたっけ?
だったら「その癖を直したいから教えて」とネムにお願いしたけど、「意識して直してしまうからダメです」と断られた。
その理由はさておき、人間とは不思議なもので隠し事をしていると嫌でも何かしら表に出てくるものなのだ。
顔の表情、仕草など。
周りのご子息やご息女のように。
「では先程セレスから聞いたばかりで少しばかり我も驚いている。その報告とは我が娘であり第一王女でもあるリーゼの許しがたき所業の件となる」
どういうこと?
許しがたき所業?
本当に何を言っているの?
まったくもって理解ができない。
セレスはそこまでして私を……。
「隣国アストラン帝国、第三王太子殿下との縁談を独断で破棄し、それに加え国への大きな損害を与えるとは言語道断。期待しておった娘ではあったが、まさかここまで使えぬ奴だとは……よってリーゼは王位継承権の剥奪、および即刻王家からの追放を命ずる」
そんな国王の命に誰しもが驚き、声を出せずにいた。物音一つせず、冷たい空気だけが漂っているのだ。
王位継承権の剥奪に加えて、王家からの追放、いや国自体からの追放を意味している。こんな事例は過去に遡ったとしても前代未聞なのだ。
「で、ですが父上! 私は縁談の話も国への損害も与えたつもりは!」
「痴れ者が!! お主はもう王家の人間ではない。減らず口を叩くようなら、即刻処刑とする」
「父上聞いてください。ですから――」
「口を閉じよ、と言っている!!」
「父上!!」
「くどい、くどいくどいくどい!! 衛兵、すぐさまその者を捕らえ、地下牢に投獄せよ!!」
「はっ!」
王を守護していた近衛兵達が一斉に動き始めた。
まさか……こんなことになるなんて。
「姫様、どうか抵抗なさらないでください」
私は近衛兵に腕を掴まれながらも、精一杯の力で抵抗した。しかしそんな抵抗も虚しく、私の力じゃ普段から鍛練している近衛兵達にはまるで歯が立たなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待って! 放して! 私は何も!! 父上えええぇぇええ!!」
「ええい、黙らぬか! リーゼ!」
いくら抵抗しても無意味、そんなこと自分でも分かっている。だけど、この後の不安や恐怖から抵抗してしまうは当然だ。
「早く対処せぬか!」
「で、ですが……姫が抵抗を!」
「その者はもう姫でも娘でもない、国に害を与えた者。多少手荒でも構わん、早く連れ出さんか!」
「はっ! 姫様申し訳ありません」
近衛兵は長槍の柄の先端で私の溝内を殴った。
「助けてネム……」
意識は遠のき、口から漏れ出る小さな声。
そんな声と共に私は……。
*
あれから一週間。
私は抵抗するも虚しく、父上の命によって城の地下牢へと幽閉されてしまった。牢の中にはわらを編んで造られたベッドに用を足すための酷い臭いが漂う壺。
そして与えられる食事は一日一度きり。
温かい食べ物は与えられず、黒く焦げ付いた固いパンだけ。栄養価もまともに摂れない食事をしていれば思考だって鈍り、身体も思うように動かせない。私は……今、かなり衰弱している。
父上はこんな場所で私を餓死させる気なのだろうか?
いえ、きっとセレスが言ったことは間違いだと父上なら気づいてくれるはず。
それよりも喉が渇いた。
頭が痛い……。
目眩がする……。
いったいどうしたら良いの?
ネム、ユーシス教えて……。
「お元気ですか?」
ネム、ネムが来てくれた。助けに来てくれた。
それともユーシス?
話そうにもろくに話せない。声が出ないのだ。
「…………」
「そうですか……でしたらこちらをどうぞ。まともな食事をされていないとお聞きしましたので」
私の前に置かれたのは、いつも食べている黒く焦げ付いたパンではなく普通の茶色いパン、それに白い器に盛られた温かいスープだった。
スープの中には肉や野菜などの具材がたくさん入っている。
私はお礼を言おうと、重くて動かない身体を必死に動かそうとした。けど、動かなかった。
お礼を言いたいだけなのに、身体を動かすどころか顔を上げることすらできないなんて。
でも、言葉だけでも……少しでも良いから出て。
「あり、がとう」
「あなたのそんな姿は見たくありませんでした。もっと良い方法がないのかと模索もしました。ですがどうしてもこの方法しかなくて……他に思い浮かばなかったのです。もし元気になられたらあなたは必ず恨むでしょう。その時は……」
「だい、じょうぶよ……」
私は意識がもうろうとしている中、そう呟いた。
誰か分からないけど、悲しんでくれていることは分かる。
私にはもう未来も希望もない。
このままずっと幽閉され、ただ朽ちていくだけの屍に過ぎない。せめて、持ってきてくれた食べ物だけは……口に運ばないと。
私は残りの力を振り絞って、お皿の上のパンを掴み口へと運んだ。
「おいし、い」
「ぐすっ!」
「あなた、私のために泣いて、くれるの?」
「ええ、もちろんです。ですがそろそろお別れの時間です。これからあなたのお仲間がこの地下牢から救い出してくれるでしょう。お元気で」
マントの隙間から一瞬だけ顔が見えた。
もしかして、あなたは…………。
「姫様! どちらに!」
また声が聞こえて来る。
次は誰だろう。
今の私には返答する力もないのに……。
「姫様! 姫様!」
「おいネム! 急げって! そろそろ追手が来るぞ!」
この声はユーシス?
おまけにネムって言ってた気が……。
これで合図になるかな?
私はスプーンを牢の外へと放り投げた。
ある意味幸いだったのは、この地下牢が鉄格子だったこと。
当たった瞬間、カーンと音が鳴ったのだ。
「おいネム、今、何か音しなかったか?」
「ええ、しましたね」
「こっちだ。おいおいマジか……」
「ユーシス何が……」
ネムとユーシスは私を前にして口を噤んだ。
ああ、よっぽど私の状態が酷いのだろう。
「姫様どうしてこんな……」
「覚悟はしとけってマントの奴からは聞いたけどよ、これはあんまりだ」
「……ネム……来てくれたのね」
「当然です。姫様との約束、一度も忘れたことはありません。ですが時間もありません。ここは強行突破で」
ネムは腰に提げた剣を前に構えた。
残像が見えるほどの素早い斬撃は、鉄格子を一瞬で横真っ二つに斬り裂いた。
「ユーシスは警戒を。我は姫様を担いで移動する」
「了解、姫殿下もう少しの辛抱ですから」
私は軽く頷いた後、安心したのかネムの背中で眠りに就いていた。
―――――――
次話からシスティアの物語となります。
リーゼとはまた違った環境で育ち、成長してきた彼女は何を考え、行動しているのか……。
お楽しみに!!
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