第4話 今宵の催し

 催しが行われる時間になった。

 私は椅子から立ち、昼間レティーが用意してくれた蒼白のドレスに触れる――その時だった。またもや扉をノックする音が聞こえて来たのだ。


「どちらさま?」

「…………」

「ネムね、入っていいわよ」

「失礼しま――」


 ネムは私の方を見るなり、石像のように固まってしまった。ドレスに着替えるため今着てる服を脱ごうとしていたのは事実だけど、何か問題でもあったのかな? 普段から見慣れてるはずだけど。


「姫様、着替えの最中に『入っていいわよ』というのは少々……」

「別に減るものじゃないし」

「良くありません。入ってきたのが我ではなく、騎士団長だったらどうするおつもりでしたか?」

「確かに……それは良くない状況よね。ふしだらな女だと思われるのが一番の致命的だし」

「そうでしょそうでしょ。って違います。我が言いたいのは姫としていかがなものかと言っているのです。姫様が騎士団長の前でどうって話は我には関係ありません。ですが姫という身分である以上、そういった面をきちんと弁えてください」

「はいはい、分かりましたよ」


 これもすべて私のために言ってくれてるのよね。

 何だかんだネムは小言も多いけど、普段から面倒見てくれてるし本当に感謝しないと。

 何だろう? このモヤモヤした気持ち。

 今、伝えないといけない気がする。

 ネムに伝えるべき言葉……それは感謝の言葉。


「ネム今までありがとう!」

「急にどうされたのですか?」


 ネムは蒼白のドレスを手にし、私にそう聞いてきた。それも当然、普段あまり感謝とか伝えたことないからネムが戸惑うのも無理はない。

 だけど私は今思っている気持ちをきちんと伝えないといけない、なぜかは分からないけどそう思った。決して後悔がないように。


「あなたはいつも私の愚痴に付き合ってくれる。それに間違ったことをすれば叱ってくれる。そんなあなたといて私は本当に幸せ者よ。本当にありがとう」


 私はネムに頭を下げた。

 その姿を見たネムは慌てた様子だった。

 それも当然。一国の姫、それも次期国王候補が従者に頭を下げるなんて前代未聞。だから驚いても仕方ないのだ。


「姫様、頭をお上げください。我も姫様と従者となり幸せ者です。これからもどうか我を――」

「当然でしょ! あなたが私の側から離れることは絶対に許さないから。もしあなたが何者かに奪われるようなことがあったら、必ずどんな手段を使っても取り戻して見せるから。これは姫としての約束よ」

「でしたら我もここでお約束いたします。もし姫様が何者かに奪われるようなことがあれば、我がどんな手段を使っても取り戻して見せます。これはこの国の騎士として、いいえ姫様の従者としての決意です」

「ふふっ、ありがとうネム」


 私が伝えるべきことはすべて伝えた。

 これで満足、もう後悔はない。

 他にもユーシスとか伝えたい人はまだいるけど、催しの時にでも話す機会はあるだろう。

 その時に伝えよう。ちゃんとした正装の姿で。


「あ、そうだネム。ドレスのチャック上げてくれる」

「はい」


 私は黄金色の長い髪を肩に掛けた。

 ネムはゆっくりとドレスのチャックを上げてくれている。普段あまりドレスを着用することはないけど、これはこれで結構良いかも。

 オシャレで綺麗、たまに着るとそう思ってしまう。でも実はドレスって結構息苦しいのよね。

 特にドレスの下につけるこのコルセットが。


「姫様そろそろお時間です」

「ええ、では向かいましょうか」


 部屋の扉を開けると、普段とは比較にならない煌びやかな光景が広がっていた。

 色とりどりの花で装飾された廊下、今朝まではなかったはずのシャンデリアも吊り下げられている。


 まさかここまでするなんて。

 催しだからこそ、なのかな?


「綺麗ね!」


 私は周囲を見ながら、催しが行われる謁見の間に向かって歩き出した。少し歩いて気づいたけど、どうやら貴族の方々も到着されたみたいだ。

 廊下ではいつも見かける侍女の姿はなく、その代わり高貴な身分の方々行き交う場所へと変貌を遂げていた。こういう景色を見るのも新鮮だ。


 そして会場の入り口には見覚えのある二人の姿。

 

 あれは……システィア? 

 後ろに付いて歩いているのは、マキアスさん?  

 どういう組み合わせ?

 

 私は疑問に思いながらも、謁見の間へと向かう。


 見た感じ思った以上に広い場所だった。

 王族であったとしても、私は今まであの場所に一度足りとも立ち入りを許されたことがない。

 どうやらあの場所は、国王である父上と名門家の貴族、商家の人間などが言葉を交わす場であるとか。

 そんな場所が催しの会場になるだなんて。


「ネム良いわね、入るわよ」

「ええ、大勢の方がいらっしゃるので前方と足元にはお気をつけて」

「うん、ここまでありがとうネム」


 私はネムと別れ会場に足を踏み入れた。


「お姉さま、来てくださったのですね! それにとっても綺麗です。どうか楽しんでください」

「ありがとう、システィア」

「わたくしの娘に馴れ馴れしく話さないでいただけるかしら」


 私とシスティアの間に割り込んできたのは、システィアの母であり、現国王――父上の第二夫人であるセリスだった。


「いえ、別に馴れ馴れしくは……」

「言い訳など聞きたくありません。リーゼあなたのような無能な人材が王位継承権を所持していることこそが、それはもう不思議で。それに比べて、わたくしの娘は今宵の催し、それも名門貴族の方々までもが喜んでくださる主催者。あなたにわたくしの娘のような真似ができるのかしら? いえ、できません。できるはずがないわ。所詮は偽りの姫」

「セレス様、偽りの姫とはいったい?」

「ああ、お可哀想に。陛下にお聞きになっていないのね。あ、そろそろ陛下のお言葉が――」


 徐々に会場の明かりは薄暗くなり、玉座が目立つよう照らされた。そこには父上が座っており、催しにこられた方々への感謝を述べていた。


「皆様、よくお集まりくださった。今宵は娘であるシスティアが自ら指揮を執り、ここまで立派な催しを。感謝するぞ、システィアよ」


 そんな父上の言葉を聞いたシスティアは、会場の中心で跪いた。

 年下ながらもそれは王族らしく綺麗で凛々しい。

 

「いいえ、これも陛下のためと思えば」


 でも本当に素晴らしい演出ね。

 どうせ、セレスが考えたんでしょうけど。


「そしてセレス、そなたもよく働いてくれたな。それでこそ王妃の鏡と言えるだろう」

「いえいえ、これも陛下のため。わたくしも力を尽くした次第です」

「そして騎士団長マキアス。そなたの働きっぷりも見事であった。Sランク魔獣の討伐、密偵者の捕縛、まことに見事であった。褒めてつかわす」

「ありがたき幸せ」


 ようやく功労者を称える演出は終わったわね。

 でもセレスが怪しい動きをしている。

 父上の耳元で何かを囁いているのだ。


 この行動には私だけではなく、様子を見ていた名門貴族のご子息やご息女も何やら疑問を抱いている様子だった。

 首を傾げて態度に示す人もいれば、こそこそと互いの耳元で囁く人、父上とセレスの動向を静かに見守る人それぞれだ。


 どういう糸があってあのような演出をするのか、私には到底理解できない。

 でもセレスが良からぬことを企んでいる、それだけは確信を持って言える。虫の知らせというのか、私の直感がそう告げているのだ。


「次にこの場を借りて報告を。この度――オホンッ」


 父上の咳払いで騒がしかった会場は、シーンと静まり返るのだった。


――――――――

まずはランドリさん、マジック使いさん

★での評価ありがとうございます。

マジック使いさんに関しましては、レビューまでいただけて、感極まっております。


これからも皆様に満足していただける物語を提供できるよう努力しますので、応援のほどよろしくお願いします! 


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