第3話 初恋の相手?
私はネムに側に来るよう合図を出した。
「ねぇ、ネム」
「はい、何用でございましょう」
「ええと、マキアスさん呼んできてくれない?」
マキアスさんはこの国の騎士団長を立派に務めてくれているお方。
私の憧れであり、初恋の相手?でもある。
それはまだ私が幼い頃の話。
外の世界に興味があった私は勝手に城を抜け出し、深い森の奥に行った。普段は冒険者と呼ばれる主に魔物や獣の討伐を生業としている人達が適度に
徘徊もしてくれているため比較的安全のはずだった。この日を除いては……。
静かな森で牙狼のような遠吠えが響き渡る。
最初は冒険者達が追い詰めて討伐している最中だと思った。でも決してそんなことはなかった。
なぜなら私の匂いを嗅ぎつけた牙狼がすぐ側まで迫っていたのだ。あの時の遠吠えは、餌が見つかったと、合図を出し合っていたようにも思える。
そして私は牙狼に取り囲まれた。
恐怖に怯えて身体も動かない。
助けを呼ぼうとしても、声が出ない。
そんな時、駆けつけてくれたのが、まだ騎士としては未熟だったマキアスさん。
彼は重そうな両手剣を必死に振り回し、牙狼を次々となぎ倒していったのだ。
その討伐を終えた直後に言ったマキアスさんの言葉を私は未だに覚えている。
『あなた様はわたくしめの宝です。この身を捧げてでもお守りしたいと初めて思ったお方です。どうぞこのマキアスをあなた様のために存分にお使いください』
と、言ってくれたのだ。
まだ幼かった私はマキアスさんを見て、どこにいても、どんなピンチが訪れたとしても、すぐに助けに来てくれる王子様だと感じたのだ。
まるでそれは暖かい太陽のような人。
心優しく、いつも私を見守ってくれている、視線が合うたびそう感じさせてくれる。
そんな彼に私は初めての恋?をしたのだ。
まあ私にはそんな過去があるのだけど、それからというものマキアスさんには本当にお世話になりっぱなし。それに少しでも一緒にいたいって気持ちもあるから、用もないのにあえて頼み事をする時もあるし、私の部屋で二人きりでお茶をゆっくりと飲みたいわけで…………。
「姫様、顔が緩んでおられますよ」
「あ、ああ、え、まだいたのネム!?」
「でも姫様は可愛らしいですね。そのうぶな感じといい、初恋をした乙女みたいな素振りがまた……ふふっ」
「そんなのどうだっていいから!! 早く呼んできて!!」
「はっ!」
ネムは私に頭を下げ部屋を出た。
今のうちにマキアスさんが来る準備をしないと!
お気に入りのマグカップにサクサクとした食感の甘いお菓子をテーブルに置いて。
何よりも身だしなみが大事。だから耳の後ろと首、手首に少量の香水を振りかけてっと。
最後にアロマを炊いたら完成!!
「ふふっ! マキアスさん喜んでくれるかな!?」
マキアスさんを迎える準備も完了。
心臓がバクバクして待ちきれずに部屋中をうろうろしていると、扉をノックする音が聞こえた。
来てくれた! 早く開けないと!
「マキアスさん!!」
「イタッ!!」
「え、ええと、誰?」
勢いよく開けた扉の側に倒れる一人の男性。
それはマキアスさんみたいに顔が整っているわけでもなく、何か少し頼りない感じ――ユーシスが鼻を摘み尻もちを着いて倒れていたのだ。
「ユーシス! あなたが何でここにいるのよ?」
「え、いや、ちょっとな……」
「もう鼻血出てるじゃない。ちょっと待ってて」
「大丈夫だって、こんくらい」
「ダメよちゃんと抑えてて。今、布持ってくるから」
「やっぱ、変わらないな」
「変わらないって何が?」
「別に……」
私はテーブルに置いてあった一枚の布をユーシスの鼻元に近づける。その布で垂れた鼻血を拭き取り、そのまま鼻を摘んだ。
「しばらくこのままね、分かった?」
「ああ」
しばらく鼻を摘んではいる。だけど血が止まる気配はない。強く扉にぶつけたせいだ。
一度、王室専属医師に見せて方が良いのかな?
「ねぇユーシス。医者に見てもらうのはどう?」
「そんな大げさな。こんなんすぐ治るから大丈夫だって」
「けど……全然血が止まらないじゃない」
こういう時に治癒魔法とか使えていたら、状況は変わっていたに違いない。
でもこれは明らかに私の責任。
マキアスさんが来ると浮かれてた私の不注意だ。
そうやって私は心の中で反省をしていた。
すると突然ユーシス立ち上がる。
「そろそろ騎士団長様が来るんだろ? 俺は本部に戻るよ」
「本当に大丈夫? 血が止まったらその布また返しに来て」
「ああ……」
「また痛みが出てきた、とか身体に問題が起きた時はすぐに私の部屋に連絡して。駆けつけるから」
「ああ……」
ユーシスは血が滲んだ布で鼻を抑えながら、ゆっくりと本部の方向に足を進ませた。
布で口が隠されていたからちゃんと確認はできなかったけど、別れ際一瞬笑みを浮かべたように見えた。
多分、私の勘違いだろうけど。
別に特別なことをした覚えもない。単に鼻血を抑えるために布を渡して、一緒に鼻を抑えてあげただけだ。
え、もしかしてその行動自体が結構恥ずかしい行為だったりするのかな?
「…………はぁ」
私は大きくため息を吐いた。
「どうされたのですか? そんな大きなため息、珍しいですね」
「マ、マキアスさん!?」
「こんにちは、姫殿下」
「ごきげんよう、マキアスさん……」
思わず恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
マキアスさんの顔をちゃんと見ることができない。
私より10歳くらい年上で、筋肉質な身体、大人の男性って感じで色気もあって、まるで絵本に出てくるような白馬に乗った王子様みたい。
女性なら一度は夢に見る。
王子様に抱きかかえられて、毛並みが綺麗な白馬に乗って、身体を密着させ熱いキスを交わす。
そんな妄想をした時もありました。
でも、現実は…………。
「姫殿下、わたくしめにご用があるとのことですが」
「あ、その前にどうぞお部屋の方に」
「いえ、わたくしめはまだ業務が終わっておりませんので、このままお伺いしても?」
マキアスさんを絶対このまま帰らせてはいけない。せっかくの機会を無駄にはできない。
う〜ん、でもここは素直にマキアスさんの言葉を受け入れて、用件だけを伝えなければ。あまりわがままを言うと、嫌われるかもしれないし。
ここは徐々に距離を詰めていくのが恋愛の基本。
「ええ、用件というのは今宵行われる催しについてなのですが」
「どうもシスティア様が張り切っておられるようで、騎士団一同準備に追われてまして」
「そこまで大規模なのですか、今宵の催しは」
「そのようですね、名門貴族の方々はもちろん他国の――いえ、名門家の方々がお越しになられるとのことで」
今『他国の』って言った気が……。
私の聞き間違い?
それとも名門家以外にも他国から使者がくるのかな?
「そうですか…………」
「不安でいらっしゃいますか? でしたらこれを」
マキアスさんに差し出されたのは、緑色の宝石が装飾されたペンダントだった。
まさか、好きな男性からこんなプレゼントを貰えるなんて本当に夢みたいだ。するとマシアスさんは私の背後に回り、首元にネックレスをつけてくれたのだ。
「これは……?」
「姫殿下へのプレゼントです」
「頂戴いたします。ありがとう!」
「これでもまだ不安ですか?」
「ええ、少しですが……」
「姫殿下にはわたくしめがついております。ですのでご安心を」
「ありがとう、マキアスさん。あなたには感謝しかありません。幼い頃も森で――」
「申し訳ありません。そろそろ時間ですので、わたくしめは」
「はい……」
「では後ほど」
マキアスさんはそう言葉を残して去って行った。
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