第十六話:これはラジコン飛行機なりや?

 キーンというジェットエンジンの音が、工場に響き渡った。翼と胴体をポールに固定し、ギリギリのところで空に飛ばないようになっている。それはまるでエネルギーを持て余して、どこへ行くこともできない僕が、乗り移ったようだった。


 現在、この機体の型番である、YX-19は現在エンジンの試験を行っている。

 ちなみにYXのYは箭内のYである。名付け親は箭内。

 まあ名前なんてなんでもいいが....


「すごいわねーこれ!」


 箭内がエンジン音に負けない声で叫ぶ。その声は、雑音の中でもくっきりと僕の耳まで届いた。

 相変わらず、声でけえなこいつ。

 栗原の父親が右手を上げると、徐々にエンジンの推力が落ちていく。甲高い音は徐々に収まり、灯油くさいにおいだけが残った。

 奥内が僕に質問する。


「次は何をするんですか?」

「次は風洞試験だな」


 僕が答える。風洞試験とは、風を進行方向から流し、その物体の周りをどのように空気が流れるかを可視化する装置だ。


 なお、栗原の実家にはなぜか煙を流すタイプの簡易的な風洞がある。多分、自作のラジコンのテストをするためだろうが、よくもまあそんなに金があるなとは思う。

 模型段階の風洞試験にはパスしているため、おそらく大丈夫だろうが、一応確認することになった。


 牽引車に運ばれて、工場内を移動するYX-19。1m弱の機体がゆっくりと動くその様は、貫禄があり優雅だった。そして、なぜか牽引車に乗っている作業員のおじさんもウキウキだった。


 わからないでもない。


「なにこの洞窟みたいなの!?」


 箭内が風洞に入って叫ぶ。声が反射し、何重にも聞こえた。直径約2mの円筒状の風洞の奥の方に巨大な扇風機がいくつも並べられている。それらは赤さびがかなりついており、この風洞の年季を物語っていた。


「ここに風が流れるんですか?」

「せやで! すっげえ突風が吹く」


 栗原が嬉しそうに答える。


「久しぶりに動かすけえな。動いてくれたらええんじゃけど」


 栗原の親父さんが不安を漏らす。


「じゃあテストしましょうよ!」


 箭内が元気いっぱいに提案した。

 テスト?


「私中に入ってるから、動かしてみてー!」


 箭内は、ウッキウキの笑みで体を大の字にして準備万端だった。

 え? つまり、風洞の風を全身で受けるってこと?

 正気かお前....


「だいじょうぶかぁ?」


 無鉄砲な箭内を見た栗原の親父さんは、不安の声を漏らす。

 ちなみに....


「これ風速何m出るんです?」

「20mきっちり出るぞ」


 親父さんは満面の笑みで答えた。

 マジで?


「それ、中の人、吹き飛びません?」

「じゃろうな」


 ん? てことは....


「親父さん!」

「うぉ! ど、どうしたんだ。いきなり大声出して」


 親父さんはピンと背筋が伸びて、僕の方を振り向く。


「やっちゃいましょう!」

「は?」


 親父さんは明らかに困惑していた。だが、僕は思考のスキを与えたくない。奥内と栗原はすべてを察したのか、風洞の外に出た。中に残っているのは箭内だけ。


「いいからいいから」


 僕は親父さんを制御パネルのところまで押して行った。


「レッツゴー!」

「お、おう....」


 親父さんは、言われるがままにボタンを押した。それもマックスパワーで。

 ファンが起動する音が聞こえ、とんでもなく巨大な音へと変わっていく。徐々にメーターが上がっていき、最終的に20mを指した。


「キャアアアアアアアアアアアア」


 その時、どっかの誰かさんの断末魔が聞こえた。

 ざまあ見ろ。たまにはひどい目に合え。



「この人殺し」


 先ほど風洞の中で断末魔を上げた箭内は、僕の方をにらみつける。かれこれ1時間ほどこの調子である。風洞試験をパスしたYX-19は僕らとともに、廃駅になった道の駅に来ている。奥内は反対したが、まあここしかない。


「死んでないだろ」

「そういう問題じゃないでしょ! このオタンコナス!」


 箭内は甲高い怒声を上げる。いつもはポニーテールにまとめてある髪は、ぼさぼさで、まとめられていなかった。


「まあまあ、箭内さん。そんな日もありますよ!」


 奥内が、明らかな作り笑いで箭内をなだめる。


「いや、これって人災よね!? なんで不運みたいになってるの!?」


 箭内が声を荒立てる。明らかに納得のいっていない表情だった。


「まあ、そんなことより飛ばそうぜ」


 栗原がバッサリと叩き切った。


「そんなこと!? 死にかけたのよ、私!」


 僕らは、喚き散らす箭内を無視してYX-19の方を見上げる。地上15mほどの足場に固定されたそれは、太陽に照らされて美しく輝いている。


「なあ、発射してもええか?」


 栗原の親父さんが僕らに声をかける。


「いいですよ」

「ねえ聞いてる!」


 箭内が大声を上げるが、僕は無視した。たまにはこんな箭内を見るのもいい。

 計画では、地上15mから発射されたYX-19は100mほど先の大きなクッションへと飛び込んで、軟着陸することになっている。そのクッションにはQRコードが大きく印刷され、それを目印に機体は飛んでいく。


 画像ロックオンなんてものは作れない。いや、作りたくない。


「んじゃいくぞー」


 親父さんはそう言って右手を上げる。すると、作業員さんのカウントダウンが始まる。


「3」


 機体のジェットエンジンが起動し、徐々に出力が上がっていく。その音は次第に高く、大きくなっていった。


「2」


 ここまで来ると、完全にフルスロットルとなり安定した出力を得ていた。


「1」


 ガタガタと足場が揺れだす。明らかに、ラジコンが出してはいけない音をしている。


「発射!」


 足場から切り離されたYX-19は天高く舞い上がる。二次関数のように鋭角の弧を描き、クッションに着陸....というより着弾した。


「「「「おーー」」」」


 僕ら4人が声を上げる。一応、実験は成功だった。


「上手くいったな!」


 親父さんが僕に声をかけた。


「まあ、一応は....」

「なんじゃ、暗いのお。成功して不満か?」


 親父さんにバシっと肩を叩かれた。


「不満ではないんですけど....」


 僕は、実験がうまくいったとき、唐突に我に返る。

 いくら大人が関わっているとはいえ、こんなに順調に進んでいいのか?

 本当に宇宙に行ってしまうのか? それは僕が望んだことか?

 そして、なんで僕はこんなに心が晴れないんだ....


「すげえなお前」

「どうしたんだ、栗原? 突然」

「お前の設計、信じてよかったよ。本当にこんなのが空を飛んじまうなんてな。操縦は任せな! 絶対に宇宙に連れて行ってやる!」


 別にお前が宇宙に行くわけではないが、まあ、ある意味そうかもしれない。


「ありがとよ」

「いや、ほんとにすげえよ!」


 栗原が満面の笑みで答える。

 みんなが幸せそうな中で、僕だけぽつんと離れ小島にいるような気がした。

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ボーイング747は宇宙飛行の夢を見るか? @sogebu-12

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