第十五話:ド田舎ロケット
「壁を破ることに価値があるのです。壁を破ることは、何より後世のために道を作ることでもあるのですから」――カマラ・ハリス
「これ....なんじゃけど....」
栗原は、彼の家のリビングで、恐る恐る設計図を彼の父に見せた。父はそれを隅々までなめるように見ると、栗原の方を見ると口を開いた。
「変な形じゃな」
「じゃろ?」
栗原は前のめりになって同意する。この機体の製造は、栗原の父の工場が行うことになっている。明らかに不満そうな栗原に対し、彼の父は声をかけた。
「どうしたんだ? 嫌なんか?」
「そりゃあそうだろ! だって、俺たち全員で作った夢の飛行機だぜ? こんな変なもん空に飛ばせんよ!」
栗原が、眉をハの時に曲げて声を上げる。
「なるほどね」
栗原の父はニヤッと笑うと、そう言った。栗原は父の表情に疑問を持ったが、同意してくれたかもしれないとも思った。
「親父だっていやだろ? こんなかっこ悪いもん作るの....」
「ま、わからんでもないな」
「だろ、だからさ...」
だが、栗原の父は、彼にそれ以上言わせなかった。
「じゃあ、わしの仕事はカッコ悪いか?」
「は?」
栗原は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。栗原の父は彼の方に向き直ると、口を開く。
「ワシら板金の職人ってのは、油やら火の粉やらで汚れた仕事をする。いわゆる、ブルーカラーゆう仕事じゃ。その仕事をかっこ悪いと言うやつは多い。こんな仕事やりたくないって言ってな。でも、ワシは誇りをもってやっとるし、ワシらがおらんと動かんもんは、世の中にでぇれぇある。そうじゃろ?」
「父ちゃんはカッコ悪くなんてない!」
栗原が大声で言った。
「それは、工学の専門家にも言えることじゃ。奴らはもんげぇ変なもんを作ることはあるが、それでも自分の仕事に誇りをもってやっとる。小山君だってサナキチだってな。その仕事を否定したら、ワシらをバカにするやつらとなんも変わらんじゃろ? それにワシには到底、こんなもん設計できんしな」
サナキチとは佐内教授のことである。”佐内”と”物理キチガイ”を合わせたところから来ている。
「....」
栗原は、黙りこくって下を向く。淡々と進む父の言葉をただただ、胸の中に入れていた。
「箭内さんが企画し、小山君が設計し、ワシが作り、奥内さんがチェックしてお前が飛ばす。こういう分業をやるんなら、お互いにリスペクトを持たんといかん。だから、お前は頭ごなしに否定するんじゃなく、理解して肯定するところから入られえ。それが大人になるってことじゃし、一緒に物を作るをするってことじゃ。ええな?」
「....わかった」
栗原はもやもやした心を持ちながらも、納得した。
◇
「なんでそんなにB案が嫌いなんだ?」
「今そんなこと聞くな!」
僕たちは6月の雨の中、学校に向けて突っ走っていた。登校の途中から降り出したそれは、ざあざあとヒビだらけのアスファルトを打ち付けていた。
「んじゃお先―」
合羽を着て自転車をこぐ箭内が、僕らの横を過ぎ去っていく。相変わらず忌々しい奴め。
僕らはしばらく走ると、学校に到着する。4人しかいない学校にとってはでかすぎるこの下駄箱には、外から微妙に入ってくる雨音だけが響いていた。
「なんでそんなにB案が嫌いなんだ?」
「....まあそうだな」
栗原は少しだけ考える。しばらくの静寂の後、栗原は答える。
「不安なんだ....なんとなく....」
「不安?」
「だってさ、飛行機って普通あんな形じゃないだろ? 翼が長かったり、尾翼がちゃんとついてたりとか....B案みたいな飛行機は見たことがないっていうか....なんというか....」
「まあ、わからんでもない」
栗原は冷静に不安を吐露した。僕らは、話しながら靴を履き替えると、階段へと歩を進める。二人以外誰もいない階段に甲高い靴音だけが響いた。
「僕としては、飛べばなんでもいいと思ってる。だって、宇宙へ行くことが目的だからさ。でもお前は見た目も重要ってことなんだろ?」
栗原は少し考えて答える。
「見た目じゃないんだよ。確かに、見た目は大事だぜ。だってかっこいい方が飛ばしてて楽しいしな。でも、何より普通じゃない形で、失敗したときにどう言われるかが心配なんだ。”俺が”じゃなく”俺たちが”な」
「たしかにな」
僕は同意して歩を進める。だが、雨の日でも雲の上には太陽があるものだった。
「心配しなくていいわ」
「箭内!」
僕らの前には箭内が立ちはだかった。どうやらすべて聞かれていたらしい。
「全責任は私がとるわ。それに、やって駄目ならA案もある。何とかなるわよ!」
「そりゃそうじゃな」
久しぶりの笑顔を見せて同意する栗原。それ以上の笑顔で答える箭内。
一旦はわだかまりが解けたように見えた。
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