第十四話:俺が、俺こそがラジコンだ!

「本当に大きいですね!」


 コウさんが、ジャンボジェットのラジコンを見て感嘆の声を上げる。

 コウさんを含む僕ら5人は、廃駅になった道の駅に来ていた。駐車場には何もない。コウさんへのデモンストレーションもかねて、件のラジコンの試験飛行のためだ。何年も動かしてないらしい。


「だろ? 俺の親父の自作だぜ!」

「さすがです! 佐内教授の友人だけはあります!」


 褒められる栗原を見て、少し心がもやもやしたする。


「でしょ? 私の自慢の友人よ!」


 箭内が流れに乗る。なんか、みんなノリいいな。


「んで、動くのか? これ....」


 僕は疑問を呈する。


「これから試すんだろ?」


 栗原が自信満々に答える。


「くれぐれも150m以上の高度で飛ばしちゃだめですよ! そもそも、廃墟とはいえ道の駅で飛ばすこと自体、グレーもグレーなんですから!」


 奥内が大声で釘を刺す。

 そりゃそうだ。僕も正直、心の中ではビクビクしている。

 警察でも通りかかったらどうするんだ....


「イクゾー!」


 栗原が大声を上げて、コントローラーの赤いボタンを押した。すると、大きな音を立ててジャンボジェットのエンジンが始動する。ジェットエンジンが起動し、灯油で動いているとは思えないほど、けたたましい音を立てる。

 その音は徐々に大きくなっていき、耳をつんざくような高く、さらに大きな音へと変わっていった。しばらくその音が響いた後、飛行機は出発した。大きくU字を描き、真っ直ぐと、目印を付けたランディングゾーンへと入っていく。ラジコンとは思えないほどの貫禄だ。


「いけええええ!」


 栗原が叫ぶと、とんでもない速度で駐車場のど真ん中を走り抜け、ゆっくりと空へと飛びあがった。なんとフラップまで再現されている。


 なんだこのラジコン....


 しばらく10度ほどの角度で高度を上げると、フラップとランディングギアを仕舞い、巡行を始める。どう見ても本物の飛行機にしか見えない。多分、角度からして、推力重量比も考えられている。


 なんだこのラジコン....。


「すごーい」


 箭内が感嘆の声を上げる。コウさんも感激して何も言えないようだった。一方の奥内はドキドキして逆の意味で興奮している。


 なんかカオスだな....。


 チラッと栗原のコントローラーを見ると、600ftを差していた。”ft”?これちゃんとフィートで表示されるの? それにデジタル水平儀もあるし。このラジコンって本当に何なんだ....。


 だが、600フィートというと、明らかに150mを超えている。


「150m超えてないか?」

「あ、やべ!」


 栗原がワザとらしく焦った声を上げる。

 こいつ....。


「ダメって言ったじゃないですか! 150m以上は法的に飛行しちゃダメなんですよ!? ちゃんと何度も言いましたよね!?」

「すいません....」


 ブチギレる奥内に対して、残念そうに頭を下げる栗原。まあ、残念でもないし当然と言える。


「細かいことは気にしないの!」

「箭内さんまで....」


 奥内はガックリと肩を落とす。

 がんばれ! 法務担当!

 コウさんが微笑みながら言う。


「これなら実験に支障はないですね」


 僕は、ダメだとわかりつつも、その表情に倉田の面影を感じていた。


「そうなの?」


 箭内が僕の方を見て言う。


「リアルすぎて問題があるかもしれない」

「じゃ、問題ないわね」


 箭内は、空を飛ぶジェット機の方に向き直って言った。

 しばらく、全員が無言のまま、空を舞うジャンボジェットを見つめていた。確かにそれは、皆を運ぶ夢の乗り物だった。



「B案は絶対にない!」


 栗原が怒りの声を上げる。すべてのオタク魂がこもったであろうその声は、いつもの部室に響き渡った。現在、僕たち4人は教授が修正した設計案を見ている。僕のタブレット端末に表示されている。


 ジャンボジェットから分離して飛んでいく部分の設計だ。


 A案はかなり旅客機に近く、ジェットエンジンも小型で済み、安上がりな形。翼が長い分、超高高度でも揚力を維持できる。ただ、高速で飛行するとなると、ソニックブーム、つまりは衝撃波と翼の兼ね合いがある。よって、飛行機部分で速度を稼げず、どうしてもロケット部分のエンジンを巨大にしなければならない。


 B案はリフティングボディを採用しており、機体全体が翼のように平たくなっている。機体のちょうど中ほどから、かなりきつめの後退翼が伸びていて、その翼は、機体の末端から少し後ろで斜めにちょん切られたような形になっていた。


 教授としてはB案がお勧めとのことだった。

 正直なところ僕も同じだった。

 それに猛反発したのが栗原である。


「何がそんなに不満なんだ?」

「そりゃそうだろ。こんなの飛行機とは言えねえ!」


 栗原は聞く耳を持たない。一方の箭内は何も言わずに、議論を聞いていた。


「戦闘機とかはどうなんだよ? あれだって飛行機だろ?」


「あれはちゃんと、理由があってやってるんだ。それに俺が飛ばすのは旅客機だって決めてる!」


 栗原が啖呵を切った。

 何のこだわりなんだよ....。


「まあまあ、二人とも落ち着いて....」

「いいや落ち着けないね!」


 奥内が何とかなだめようとするも、栗原は聞く耳を持たない。

 ん? 今、二人ともって言った?

 僕は箭内の方をチラリと見たが、彼女は目をつむって腕を組んで座っている。

 僕たちだけで何とかしろと言うことらしい。


 ハイハイ、わかりましたよ。


「栗原、こだわりを捨てて何とか同意してくれよ。アイスおごるって言ってるだろ?」

「ものでつられる俺じゃないね!」


 普段はつられてるくせに....。


「何がそんなにむかつくんだよ?」

「この”りふてぃんぐぼでぃ”ってやつが気に入らない!」

「まあまあ....」


 奥内は僕らの前に、温泉のように湯気の立ったお茶を置いた。栗原は、それを飲もうとする。


「アツッ!」


 栗原はむせかえり、舌を出して外気と触れさせる。


「何度なんだ? このお茶?」


 僕は、奥内に聞いた。


「さあ、電気ケトルで沸騰させてそのまま淹れたんで、それなりの温度なんじゃないんですか?」

「....」


 何をそんなに恨んでるんだ? この前の実験のせい? まあ、わからんでもないが、やりすぎじゃないか?


 栗原は舌をやけどしたのか、明らかに無口になると、僕の方に目だけで訴えかける。


 やめろ、いくら睨まれてるからと言って、野郎同士で見つめ合いたくない。だが、そんな文字通り”煮詰まった”様子を察したのか、箭内が僕らの方に声をかけた。


「小山、結局どっちがいいの?」


 僕は箭内の方を見る。


「だから....」

「私は小山に聞いてるの」


 栗原が遮ろうとしたが、箭内は意に留めなかった。


「僕が決めていいのか?」

「そりゃそうよ。だって設計したのあなただし」

「....」


 僕は考える。どう答えたらいいものか? ここで栗原を無視してB案に決めれば、何かと角が立つ。だが、引き下がるわけにも....


「理想論や感情論はいらないわ。ただ、現実的に考えてどっちがいいの?」


 箭内は毅然として言い放った。


「....本当にいいのか?」


 奥内が、箭内の前にお茶を置いた。

 箭内は一つ息をつくと諭すように言う。


「いい、小山悟。あなたは物理が好きなんでしょ? この理論に誇りがあるんでしょ? 自身があるんでしょ?」


 僕は小さく頷く。


「だったら、あなたが信じる方を選ぶべきよ」


 確かにな....


「わかった」


 箭内は少し微笑むと、優しく言う。


「じゃあ、どっちがいいの?」

「B案だ」

「じゃ、B案で行きましょ! A案は予備ってことで」


 箭内はそう言うと、奥内が出したお茶を一口飲んだ。


「熱っ!」


 そういやあれ、沸かしたばっかの奴じゃん。

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