第4話 お店への嫌がらせ
熱々のラーメンをすすって、レンゲですくったスープを、のどに流し込む。
何これ、すごく美味しい。
ラーメンなんてカップ麺やインスタントくらいしか食べたことが無かったけど、お店のラーメンってこんなに美味しかったんだ。
隣では佐久間がラーメンだけでなくチャーハンも口に運んでいて、そんなボク達の様子を、雪丸さんが嬉しそうにしながら見ている。
「小林君、どうかなうちの味は?」
「あ、はい。とても美味しいです」
「もし気に入ったのなら、これからも来るといいよ。恭介君の友達なら大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございます」
「そう言えば小林君、学校では……」
ラーメンを食べるボクと佐久間に、たくさんの話を振ってくる雪丸さん。
きっと話をするのが好きなんだろうなあ。
話す内容は勉強は得意かとか、趣味は何かとかいう他愛も無い事ばかりだったけど、普段一人でご飯を食べることの多いボクには、このお喋りがとても心地よく感じられた。
喋るのは苦手だから、ほとんど「はい」と「いいえ」しか言えなかったけど、それでも。
そしてほどなくして、ラーメンを完食。
スープの一滴も残すことなく飲み干した。
美味しかったー。それこそ、今まで食べたどのラーメンよりも。
今度お母さんもさそって来ようかなあ。
あ、でも今考えなきゃいけないのは、そこじゃないか。
ここに来た本来の目的をはたさなくちゃ。
「あの、それで。嫌がらせを受けているって話ですけど」
「え……ああ、その話ね」
一瞬キョトンとした表情を見せた雪丸さん。
これは絶対に忘れていたよね。
ほらね佐久間。
ボクの言った通り、小学生が解決してくれるだなんて、本気で思っているようには見えないでしょ。
「おじさん忘れてたの? しっかりしてよ」
「ごめんごめん。ええと、それじゃあ何から話せばいいかな。最初は、四月の始めごろだったと思う。朝起きて外に出てみたら、店の前にゴミが散乱していたんだ」
ゴミが散乱。
たしかさっきは、スプレーで落書きをされたって言ってたけど、そんなことまでされたんだ。
「散らかってるなんてレベルじゃない、わざと汚そうとしたみたいで、どこからか持ってきたゴミ袋が破かれていて、その中身をぶちまけられていたんだよ」
「まったく、酷い事する奴がいたもんだよ」
佐久間は怒ったように言って、一方ボクは黙ったまま、話に耳を傾ける。
「その時はまだ、大事になるとは思っていなかったよ。けどそれから数日後、また同じような事があってね。うちは飲食店だから、清潔でなきゃいけないのに。だから今度は、警察に相談したんだ」
そりゃあそうだ。
二度もそんなことをされたら、運が悪かったじゃすまされないもの。
だけど、未だに犯人は捕まっていないんですよね。
「その後もう一度ゴミがばらまかれて、その時になって分かったんだ。事件が起きるのはいつもゴミの日。きっと犯人は、近くのごみ置き場からゴミを持ってきて、うちの前で中身をバラまいているんだってね」
「おじさん、そのこと警察には話したの?」
「もちろん。話を聞いた警察は、ゴミの日の朝は念入りにパトロールをしてくれたよ。けど不思議な事に、その時犯人は現れなかったんだ。まあうちとしては、店が汚されなかったから良かったんだけどね。ただその後……」
雪丸さんの表情が曇る。
「ゴミがばらまかれることは無くなったんだけど、かわりに店の玄関に落書きをされたんだよ。スプレーか何かでね。ゴミは片づければいいけど、落書きは塗り直さなくちゃいけないからねゴミをバラまかれるよりも、やっかいだったよ」
それはずいぶんと悪質だ。
スプレーで描かれた落書きを消すのは難しく、上からペンキを塗り直さなきゃならないけど、業者に頼むとなると決して安くはないだろう。
だから雪丸さんは、自分で塗り直したに違いない。
「だんだんエスカレートしてきて、困ってるんだ。もしそのうち、犯人が店に火をつけでもしたらヤベーよ。雪丸さん、店の奥の住居スペースに住んでるんだけど、夜中に放火されたらえらいことになる」
「佐久間、縁起でもないこと言うなって!」
とはいえ確かにこれは深刻だ。
そんなイタズラは早く止めさせたいけど、あいにく今の話だけじゃまだ何もわからない。
さっきの話だと警察もちゃんと警備していて、雪丸さんは夜も店の奥にいるのに。それでもバレずに嫌がらせし続けるって。
犯人はいったい、どんなやつなんだろう?
もっと何か、ヒントがあれば分かるかもしれないけど……。
「あの、ばらまかれたゴミって、ゴミの日に出されたゴミをどこからか持ってきたんですよね。ということは、犯行が行われたのは朝ってことでしょうか?」
「たぶんそうじゃないかって、警察は言っていたかな。夜中のうちにゴミ置き場にゴミを出す人もいるから、犯人は人の少ない朝早くにそれを持ってきて、店の前にぶちまけたんだろうって」
「それじゃあ、スプレーで落書きをされたのは、何時頃か分かりますか?」
「それも夜中のうちだよ。前日に店を閉めた時には何事もなかったのに、朝起きたら落書きされていたからねえ。警察にもパトロールを頼んだんだけど、上手くかわしながら、何度も落書きを繰り返してるんだ」
なるほど、犯人の行動が、だんだんイメージできてきた。
ちょっと気になったのは、それまではゴミをばらまいていた犯人が、急に手口を変えて落書きをするようになったこと。
単なる気まぐれかな?
そしてもうひとつ、確認しておきたいことがある。
「すみません、ここ以外に被害にあった人はいますか?」
「無いかな。ゴミをバラまかれたのも、落書きをされたのも、うちだけだよ。もしかして、知らないうちに恨みでも買ったのかもしれないなあ。だからうちだけを狙ってきているのかも」
ため息をつく雪丸さんだったけど、これには佐久間が口をはさんだ。
「何言ってるんだよ? おじさんを恨む人なんて、いるわけないじゃないか。ラーメン食べに来てる人達だって、皆おじさんのこと好きだって言ってるよ!」
「嬉しい事言ってくれるねえ。確かにみんな、嫌がらせにあってることを心配してくれてたなあ。常連客の高校生達なんて、自分達で捕まえてやるって言ってくれてたし」
そんなことを言ってくれる高校生がいたのか。
まるで今のボク達みたい。
直接その時の様子を見たわけじゃないけど、雪丸さんがいかに慕われているかがよくわかる。
佐久間の言っているように、とても恨みを買うような人とは思えない。
だけど、嫌がらせを受けているのは事実。
しかも近所の他のお店には被害は無くて、この『ラーメン雪だるま』だけが。
「警察は犯人について、何かつかめていないんですか?」
「それがねえ。さっきも言ったようにパトロールを頼んでるけど、どうもタイミングが悪くてねえ。夜にうちの様子を見に来て、その時は何事もなかったんだけど。それから三十分くらいしてもう一度来てみたら、すでに落書きされた後だったってこともあったんだよ」
三十分?
そんな短い間に、よくできたものだ。
見つからなかったのは、運が良かったから? いや……。
「犯人はきっと、土地勘のある人だね」
「えっ、何でそんなことが分かるんだ?」
「タイミングが良すぎるからだよ。たぶん犯人はどこかにかくれて様子を見ていて、警察が立ち去ったのを確認してから落書きをしたんじゃないかなあ。そんな事ができるとなると、土地勘のある人間の可能性が高いって事だよ」
「なるほど、さすが小林だ」
納得する佐久間だったけど、きっとこれくらいは警察だって、とっくに分かっているだろう。
だけど犯人は今も捕まっていない。
それが問題なんだ。
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