第3話 ラーメン屋の雪丸さん

 店の中に通されたボクらは、カウンター席に案内される。

 お休みだった店内はボク達以外にお客さんはいなくて、貸し切り状態。

 ボクは初めて入るラーメン屋に緊張していたけど、佐久間は慣れた感じで右隣に座る。


「さて、それじゃあさっそく話に移ろうか。小林もさっき見たよな。この店の入り口、スゲー汚くなってただろ」

「ちょっと佐久間!?」


 なにいきなり失礼なことを言うの!

 カウンターの奥にいる雪丸さんに、慌てて頭を下げたけど、怒らずに苦笑いを浮かべてくる。


「そんな謝ることはないよ、本当の事だからね。実はちょっと前から、誰かにイタズラをされててねえ。アレはスプレーか何かで落書きをされて、急いで塗り直したものなんだ」

「えっ、そうだったんですか?」

「業者じゃなくておじさんが塗り直したものだから、不格好になっちゃったんだけどね」


 再び苦笑する雪丸さん。

 なるほど、それでやたらムラが目立ってたのか。

 だけど塗りが荒い原因は分かったけど、一つ気になる事が。


「今、『イタズラをされてる』って言いました? 『イタズラをされた』、じゃなくて。と言うことはひょっとして、何度もやられてるってことですか?」

「おおっ、鋭いねえ。さすが名探偵だ」


 面白そうに笑う雪丸さんだったけど、笑い事じゃないですよね。

 何度もイタズラされてるなんて。

 すると、佐久間も同じ事を思ったみたい。


「おじさん、笑ってる場合? 実はよう、店を汚されるのはこれが初めてじゃないんだ。もう一カ月以上前から、嫌がらせが続いているんだよ」

「嫌がらせ? どういうことなの?」

「ああ、実はな……」 

「待った。事件の話は、後にしないかい?」


 佐久間が話そうとしたのを、雪丸さんが遮った。


「二人とも、お腹すいてるだろ。まずはラーメンでも食べないかい? 恭介君から聞いているけど、小林君も晩御飯、いつも一人で食べてるんだってね。だったら、うちで食べていくといいよ。恭介君の友達なら、御馳走するよ」

「え? で、でも……」


 それって、タダで食べさせてくれるってこと?

 けど、そんなの悪い。

 お金は持っているんだから、ちゃんと払わないと。


 だけどズボンのポケットの中にある財布に手を伸ばそうとすると、雪丸さんは察したように言ってくる。


「今日は定休日だから、お金なんて取らないよ。ラーメン以外にも食べたいものがあったら、遠慮しないで言ってね。何でも作るから」

「本当⁉ じゃあオレ、チャーハン食べたい!」


 ボクが返事をするよりも先に、佐久間が注文してしまった。

 こら、本当に遠慮しないやつがあるか。

 けど雪丸さんは、相変わらず機嫌よさそうに笑っている。


「はっはっは、チャーハンだね。君は何か、他に食べたいものは無いかな?」

「ボクは……ラーメンだけで大丈夫です」


 小さくなってそう答えると、雪丸さんは少しだけ残念そうな顔をしたけど、すぐにまた笑顔になって準備に取り掛かる。

 もしかして、何か頼んだ方がよかったのかなあ? 

 そんなことを考えながら、ラーメンをゆで始めた雪丸さんに聞かれないよう、そっと佐久間に話しかけてみた。


「雪丸さんって、良い人だね。あの人、子供好きでしょう」

「おっ、分かるか? 昔から時々家にも来てたんだけど、沢山可愛がってもらったからな。今だってこうしてよく、ラーメンご馳走してもらってるし。けど、だから許せないんだよな。おじさんの店を汚すだなんて」


 顔をしかめながら、不機嫌そうな声を出す佐久間。

 どうやら相当怒っているみたいだ。


「オレ、この店が汚されたのを見て、腹が立ったんだよ。何の恨みがあってこんなことするんだって。けど警察に相談しても、犯人は捕まらなくて、それで思ったんだ。小林ならもしかしたら、犯人を見つけてくれるんじゃないかって。ゴメンな、無理言って連れてきて」

「それはもういいよ。まあ、こんな質の悪い事件が待ってるなんて思わなかったから、驚きはしたけど」


 でも佐久間が怒る気持ちもわかる。

 ボクだって話を聞いて、嫌な気持ちになったんだもの。


「そう言えば佐久間。雪丸さんにボクの事、どんな風に話したの?」

「ああ。友達に小林少年みたいな、すげー頭がいいやつがいるから、相談してみるって言ったのさ。そしたら、それならここに連れて来ると良いって言ってくれてな。相談料の代わりに、ラーメンご馳走するからって」


 なるほど、そういう経緯があったのか。

 人の事を勝手に小林少年だの名探偵だのと言って回ったのには一言申したい気もするけど、今はその事は置いておこう。


「雪丸さん、相談ってのは口実で、本当はただラーメンをご馳走したいだけなんじゃないかなあ?」

「へ? 何でそうなるんだよ」

「だって考えてもみなよ。佐久間がボクのことをなんて言ったか知らないけど、ボクは小学生だよ。警察でも捕まえられてない犯人を、見つけられると思う?」

「そりゃあ……でも、小林ならできるだろ」


 佐久間、君はいったいどれだけボクを買いかぶっているの?

 まあ佐久間のことは置いといてだ。


「会ったこともない小学生のボクを、本気で頼りにしたとは思えないよ。たぶんだけど、佐久間との話の中でボクがいつも家に一人でいるって聞いて、招待してくれたんじゃないかな」

「うーん、おじさんのことだからそうかもな。それにしても小林、ちょっと話しただけなのによくそんな推理できるな。やっぱお前、名探偵だよ」


 いや、これくらいで名探偵は名乗れないから。

 まだ会ったばかりだけど、雪丸さんが優しい人だってことくらいわかるもの。

 あとはそこから、想像しただけさ。


「けど、ちょっと残念かも。今の推理が本当なら、小林なら解決してくれるかもっていうオレの話、あんまり当てにしてないってことじゃん」

「それは仕方が無いよ。けどご馳走してもらう以上は、ボクだって力になりたいよ」

「お、それじゃあ、やる気になってくれたのか?」


 まだ役に立つって、決まったわけじゃないけどね。

 だけど佐久間は嬉しそうに、小林が手伝ってくれるなら百人力だなんて言ってる。


 相変わらず、ボクに対して謎の信頼があるみたいだけど。

 今回だけは、その期待に応えたいな。


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