第2話 え、この人が依頼人?

 西の空に太陽が沈み始めた夕方。

 ボクはバスケ部の練習が終わった佐久間と一緒に、ランドセルを背負って学校を出た。


「悪いな、待たせちまって」

「別にいいよ。どうせ家に帰っても、やることないしね」


 佐久間から解決してほしい事件があるって言われたのが今日の昼間。

 ボクとしてはさっさと終わらせたかったけど、事件が起きたのは学校の外ということで。

 佐久間のバスケ部が終わるまで、ボクは教室で待っていた。


 誘ったのは佐久間の方だけど、待たされるのはボク。

 だけど別に、それでもよかった。どうせ家に帰ったところで、誰もいないんだもの。

 だったら学校で宿題をやりながら佐久間を待ってたって、全然構わない。


「小林の母ちゃん、今日も帰り遅いんだよな?」

「うん。だからちょっとくらいボクの帰りが遅くなっても、心配いらないよ。あ、もちろん真っ暗になる前には、帰らなきゃいけないけどね」

「分かってるって。オレだってもし親父より帰るのが遅くなったら、さすがに怒られるしな」


 そんなことを話しながら、夕暮れの町を歩く。

 ボクと佐久間は二人とも、片親がいない。

 ボクのお父さんはボクがまだ一年生の頃に交通事故で亡くなっていて、以来お母さんと二人暮らしだ。


 そして佐久間の家は、お母さんがいない。

 理由は聞いた事が無いけど、一緒に暮らしているお父さんは毎日帰りが遅いみたいで、ボクらはその辺の家庭環境が似ていた。

 だからかな。佐久間とは、変に気が合うんだよね。

 ボクは話すのは苦手で人見知り。佐久間はコミュニティオバケと、性格は正反対なのにね。


 さて、それはそうと、いったいどこまで連れて行く気だろう? 

 商店街までやって来たけど、佐久間はまだ歩き続ける。


「ねえ、どこまで行くの? そもそも事件って何なのさ?」

「そう焦るなって。この先に、行きつけの店があるんだ。ほら、あそこだ」

「えっ、あれって……」


 佐久間が指さしたのは、一軒のラーメン屋さん。

 お店の看板には、『ラーメン雪だるま』と書かれている。


 行きつけの店なんて言うから、てっきりハンバーガーのチェーン店にでも連れてこられると思っていたけど、意外だ。


「本当にあんな所で待ち合わせしてるの?」

「まあそんなとこ。詳しいことはついてから話すから。早く行こうぜ」

「あっ、ちょっと待ってよ!」


 手を引かれて、強引に連れて行かれる。

 だけどラーメン屋の前まで来て、ボクは首を傾げた。


「このお店、何だかずいぶん汚れてない?」

「……ああ、ちょっとな」


 声を落とす佐久間。

 見ると引き戸になっている店の戸には、ペンキで塗ったくったみたいな跡がある。

 しかもこれが、かなりお粗末な塗り方なのだ。


 適当にペンキをぬったくったみたいな、ムラだらけの荒っぽい仕上がりになっていて、まるでボクが図工の時間に描く絵みたい……って、今はボクの絵の事はどうでもいいか。

 そして、気になる事がもう一つ。


「今日はお休みみたいだね」


 店の戸には、『本日休業』と書かれた札が下がっている。

 だけど佐久間は何を思ったのか、笑いながら店の戸を叩き始めた。


「大丈夫だって。おーい、おじさいる―?」


 ちょっと、何してるの⁉

 ガンガン音を立てて何度もノックする佐久間を見て、心臓が縮み上がる。


「バカ、止めなよ。お店の人に怒られるって!」

「平気だって。実は今日来るって言ってあるんだよ。店は閉まっているけど、来ていいって……」


 そこまで言った時、ガチャリと鍵を開ける音がしたかと思うと、『本日休業』の札が下がった戸が勢いよく開いた。


 そして中から人の良さそうな顔をした、三、四十才くらいの男の人が顔を覗かせる。


「いらっしゃい恭介君。待っていたよ」

「こんにちは、雪丸おじさん。話していた友達連れて来たよ……って、小林。何してんだよ?」


 ボクは雪丸おじさんと呼ばれたその人が出てきた時、思わず後ずさっていた。

 別にこの人が怖いと言うわけじゃないけど、初めて会う人にはつい警戒をしてしまう。

 早い話、ボクは人見知りなんだ。


 だけどこんな態度にも雪丸さんは気を悪くした様子もなく、笑顔で語りかけてくる。


「小林君だね。恭介君から話は聞いているよ。凄く頭がよくて、江戸川乱歩の小林少年みたいな友達がいるって」

「いえ、そんな大したことは……おい佐久間、いったいなんて説明したのさ?」


 出会い頭にすごく頭が良いとか、小林少年みたいだとか、そんなの言い過ぎだよ。

 まてよ、こんな風に言ってくるってことは。


「ひょっとして、困ってる知り合いって言うのは……」

「ああ。今回の依頼人は、雪丸おじさんだ」


 やっぱり。

 てっきり友達の相談にのるものだと思っていたのに、相手は大人!? 

 そんなの聞いてないよ。


 ど、どうしよう。

 何で困ってるかは知らないけど、ボクなんかで力になれるのかなあ?


「二人とも、まずは中に入って。せまい店だけど、遠慮しないでね」

「は、はい……」


 ボクは小さく返事をすると、促されるままお店の中へと入る。

 そして同じように後に続いた佐久間に、そっとたずねてみた。


「雪丸さんって、佐久間のおじさんなの?」

「いいや、オレの親父の同級生なんだ。雪丸英二さんっていって、この店の店長さん。オレの家、いつも親父の帰りが遅いから。よくここで飯食ってるんだ」

「そういう事なら、先に言っておいてよ」


 いきなりお店の戸をガンガン叩くから、ビックリしたじゃないか。

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