第三十五話 「頂上作戦」
おとうさんのやくたたず。
家族の集まる夕食の席で、私は父親にそういった感想を抱いた。
「そうか、君は親御さんを早くに亡くした子供であったか」
おとうさんはやくたたずだ。
少年の生い立ちを夕食中に聞いて、しんみりしてるんじゃないよ。
さすがに、自分の父親に「親無しの子と自分の娘が付き合って欲しくはないな」なんて人としてひどい言葉を口にして欲しいわけではない。
それをすれば、私は父を見損なうであろうし、そんなことを口にする父ではないと知ってはいる。
だが、ちょっと想像と違う反応を本音では期待した。
そんな大人としての同情心と子供への保護欲むき出しで、懊悩した表情で彼を全力で憐れんで欲しくないのだ。
そこはもうちょっとさ、ガンガンに攻めて欲しいのだ。
「君の御両親だ。さぞかし立派な方だったのだろう」
お父さんは慰めの言葉を彼に送る。
私の父としては娘として確かに誇らしいが、ちょっとやって欲しいこととは違う。
私としては、そこを支点に色々と攻め立てて欲しいのだ。
中学生の頃はどうしてた?
高校生になってからの生活はどうだ?
叔父宅での生活はどのようなものだったか。
私の知りたいそれ。
それを詰問し、回答を得て欲しかったのだが。
「……」
沈黙し、彼の境遇を憐れみ、口を手で覆わないで欲しいのだ。
唇を震わせ、涙ぐまないで欲しい。
いや、そりゃ娘としては父親が人の境遇と悲しみを真面目に受け止める人であって嬉しいが、ここはちょっと娘のためにクズになって欲しい。
私のために地雷原を歩いて欲しいのだ。
そう、地雷原だ。
彼の過去にはおそらく地雷が埋まっている。
決して人が安易に触ってはならない物がそこかしこに埋まっているのだ。
だから、私はそこを歩かない選択をした。
代わりにお父さんに歩いて欲しかった。
お父さんが歩いて、彼の地雷を踏もうものなら私は声高に叫ぶのだ。
「お父さん酷い、そんな人だとは思わなかった!」と。
そうしてお父さんをぶん殴り、彼からの好感度を勝ち取るのだ。
娘のためだ、それぐらいはやってもよいのではなかろうかと思う。
だからはっきりと心の中で述べる。
「私が君に何かしてやれることはないかね。何、こう見ての通り金持ちなんだよ? 出来ることは無数にある。何か不自由していることがあるなら、遠慮なく言ってくれたまえ」
おとうさんはやくたたずだ。
もう本当に役立たずなのだ。
そう言い切って良かった。
何の背景もない援助を口にしているんじゃないよ。
もっと、ほら、ウチの娘と付き合って欲しいなとか、そういう交換条件を出してほしいのだが。
「ご厚意に、心から御礼を言わせていただきます。ですが不要です。今の僕はこれで幸せな学校生活を送っていますので」
彼は笑顔で父からの援助の手を拒み、感謝を口にする。
まあ、そろそろ私も諦める頃合いだ。
「なにせ、僕は大和さんと友人であると言うだけで心強いと思っていますよ。この関係を続けられたらと思っています」
……心からの本音なんだろうな。
私は彼の純真をマトモに受けて、どこか所在なさげにくねくねとする。
あれだ、それはそれとして本当に嬉しいが。
私としては友人としての関係ではなく、もっと前進したいのだ。
積極前進である。
「気に入った!」
ばん、とお父さんが膝を叩いた。
私の惚れた男を気に入ったのは嬉しいが、お前は本当に役立たずだ。
もっと、何か踏み込めよ。
「君の過去は知らん。だが、気にするのも値しないのだろう」
逆である。
気にしてくれ。
もっと突っ込んだ話をして、彼の地雷を穿り出して爆発させて欲しいのだ。
そこは私がフォローするから。
お父さんを力いっぱいぶん殴ることでフォローするから。
だが、父は聞いちゃいない。
まあ私が口に出したわけでもないから聞いてるわけもないが。
「アレだ。何か心配事があるならばいつでも相談しなさい。大人というのは子供を守るためにあるのだから」
娘としては誇らしいが、父は完全に保護欲に歌舞伎を通している。
大人として何か彼にしてやらねばならんと思ったらしい。
彼の叔父さんのように、そうあってほしいとは娘として思うのだが、まあ違う。
踏み込め、どこか。
彼の地雷の何処かへ。
「有難うございます。今のところ不安は橘部長についてだけですが」
「ああ、まあ理事長には保護者として連絡しておくが、現状それ以上はできないな」
橘部長なんてどうでもいいんだよ。
いや、彼女の境遇については憐れむが、まあほんとうにどうでもいい
多分、柳なにがしの件などは、どうとでもなる。
大事なのは彼についてだ。
彼について、彼について、彼について。
三度、頭に欲しい情報を並べて決断する。
もういいや。
父を頼りにするのは諦めた。
自分で攻め込もう。
「そういえば、叔父さんのお世話になっている時の生活はどうしていたんですか?」
攻め込んだ。
私が聞きたい全てについてだ。
「どうしていたもなにも、僕が自身の生活を思い返しても――従姉妹に迷惑をかけたが全てでしょうか。ああ、姉――というのはさすがに気まずい、従姉がおりまして。彼女が親から本来与えられるべき愛情機会を、叔父さんから大分奪ったものだと悩んでおります。従弟との共同生活なんて嫌だったでしょうに」
そうかそうか。
貴方の従姉はお前に惚れてるよ。
そう口にしそうになって、頬を引き締めて舌を出すのを止めた。
いや、だってそうじゃん。
こんなオム・ファタールが一緒に暮らしていて、自分の手が届くところにいるのだ。
惚れないわけがない。
きっと手を出そうとする。
そう結論を明確にした。
敵は、地獄姉妹や橘部長だけではないということだ。
少し情報を得て、気を引き締める。
「恋も――」
恋もしたでしょう?
と口にしそうになって、取り止める。
おそらくこれは地雷だ。
口にしそうになって、ハッキリと分かった。
『彼は過去に恋愛という事項において強烈な地雷を抱えている』
だから口にすべきではない。
この内容については、じっくりと調べねばならない。
「いえ、中学時代はどうでしたか?」
質問をし直す。
大事なのは、彼が中学時代にどんな生活を送ったかだ。
場合によっては新たな敵の出現も警戒しなければならない。
「中学時代ですか、まあ今考えれば――何をしていたのか?」
彼が首を傾げ、返事をする。
それはどうにも微妙な表情で。
「自分の暴走具合に恥じ入る次第でありました。ああ、恥じ入ると言うか、明確な『恥』ですね。あれは。言いたくないほどに」
首を傾げに答えるのだ。
それでは何もわからない。
そう口にしようとして、止めた。
地雷に踏み込むのを良しとはしない。
「きっと、恥じ入ることなんて何一つなかったのだと思いますが」
代わりに。
心からの本音を口にする。
これは彼への擁護ではない。
単純に、ただひとつの本心である。
彼はきっと、過去においてさえ、何一つ恥じ入ることなどしていないのだ。
「……そうだといいんですけどね」
彼は訝し気に、そう返答した。
そうに決まっている。
彼は過去においてさえ、完璧な自立を通したに違いない。
もし、何かが間違っているとすれば。
それは彼ではなく、何か別な人間が致命的に「何かを」間違えたに違いないのだ。
そうだ、そうに違いない。
きっと、彼が何かを間違えたのではなく、誰かが「何かを」間違えた。
確認を二度繰り返して。
そうに違いないと、そうほくそ笑んだ。
だから、彼は未だに恋人がいないのだと。
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作品の足下を照らして道行きを示すため、カンテラ(感想)を宜しくお願いします。
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