第三十三話 「大和さんの家」


 豪勢な御宅だった。

 造作が豪華というわけではなく、むしろ質実剛健に近い和風の平屋建てだが。

 庭には樹木が複数植えられ、僕の2LDKの部屋より広い池があり、鯉や亀が複数泳いでいた。

 僕の知識では、この家の資産価値がどの程度か想像もつかない。


「大変失礼ですが、大和さん。大和さんの御宅は何百坪くらいですか?」

「300坪くらいですね。約1000㎡くらいだと記憶しています。買い取ったテニススクールを潰して造ったとか、なんとか」

「そうですか」


 大和さんの家は一族経営の地場産業で財を成した金持ちだから、多分君でも初見は引くと思うぞ。

 そう橘部長から事前に言われていなければ危ないところであった。

 さすがにちょっとビックリした。

 したが、それだけだ。


「……念のために伺いますが、本当にお土産は駅前のデパートの今川焼きでよかったんですよね? これ一個110円ですよ?」

「いえ、多少お金を持っていても、食べてるものなんか皆と同じですよ。私、食堂で総菜パンをポケットに詰め込んでるじゃありませんか? 散々見てきたでしょう?」


 それもそうか。

 普段、大和さんが自分と同じものを食べてるところを呆れるほど見ている。

 というか、じゃあなんで大和さんは僕が文芸部に持ってきたお土産を、全部一人で食べようとするんだろうか。

 欲しがりさんなのだろうか。


「……すいませんね、大和さん。謝っておきますが、今まで僕は大和さんのことを欠食児童か何かのように思っていました」

「本当に失礼な話ですが、まあ貴方に謝っていただけるなら許します」


 えへん、と大和さんが胸を張る。

 何を偉ぶっているのかはよくわからないが、まあ許してくれるなら有難かった。


「さて、ネクタイを引き締めて参りますか。要は、僕が大和さんの御父さんに認めていただければいいんですよね。変な男ではないということを」

「そうです、そうです。ウチのお父さんに認めてもらえればいいんですよ。それが今回の目的です。是非攻略してください」


 うん?

 何か「認めてもらう」の互いのニュアンスに相違がある気もするが。

 まあよかろう。

 玄関に辿り着く。

 その家の門から玄関までが長かったが。


「失礼します」

「失礼するなら帰ってくれ」


 身長190cmほどの大男。

 おそらく大和さんのお父さんがいた。

 言葉通りにしよう。

 踵を返す。


「そうします」

「いやいやいや、本当に帰ってどうする」


 足を止めて、振り返った。


「いや、そういうノリなのかなと。応じなければ失礼でしょう?」

「いや、そうだけど、違う。何と言えばいいのかな……。本当に帰って欲しいんだけど、そういうわけにもいかないというのがな……」


 関西系のノリかと勘違いしたのだが。

 なんというか、酷く困ったような様子で僕を見ていた。


「お父さん、からかうのはよしてください。彼が困っています」


 大和さんが止めに入った。

 途端、相好を崩す。

 本当にニコニコとした表情で、大和さんの御父さんは娘を見つめている。

 どうも娘さんには甘い性格らしい。

 一人娘だというし、そりゃもう可愛いだろうな。


「まあ、上がってくれ。先日から、家ではずっと君の事が話題になっているんだ。はて、葵がどんな男と夜道を歩いているのかなと、家族で話題になっていてな。まあ、誰しも君に会ってみたいと思っていた」

「皆様御在宅でしょうか? それでは一度ご挨拶を」

「え、いや、うん」


 僕が家族の皆様にご挨拶しなければと申し出た瞬間に、えっ、と驚いた表情をした。

 何故驚くのかはわからないが。


「うん? 君はウチの豪邸を見て、引いたりとか、そういうのは無いのかね? 初めて会う人間に対して人見知りとか、そういうのはない? 突然家に呼ばれて、家族に会わされるというのはどうだい?」

「ありません。たしかに初見は多少ビックリしましたが、そもそも大和さんが僕と何一つ変わりない学園生活を送っていることは知っていますし、今回の目的は大和さんに対して僕が無礼なことをしでかさないか、それを確かめるためでしょう? 状況に縮こまって、人見知りしている場合ではないかと思いますが」

「え、うん、正論だけど」


 正論だけど、普通そうはならないよね。

 お父さんが何やらそう言いたげな顔で、僕を見ている。

 横の大和さんに、尋ねた。


「この子、何歳?」

「15歳ですよ。私と一緒であることぐらいは知ってるでしょうに。ボケたんですか、お父さん?」

「いや、そういう意味で聞いたけど、そういう意味で聞いたんじゃない」


 矛盾したことを仰る。

 今時の子って、こんな感じに大人びてるものなのか?

 もう18歳で成人の時代だしなあ。

 ぶつぶつと、何やら言いたげにしつつも、僕に背を向けながら歩くお父さん。

 何とお名前をお呼びすべきだろうか?

 名前は知らないので、心中では大和パパとでもお呼びすべきだろうか。

 広い中庭にスズメなどがいるのを横目に、長い廊下を歩く。

 そうしている間に広い居間に通されて、そこで大和さんのお母さんとお会いした。

 背は普通、といっても160cmはこの年齢の女性だと高い方か。


「あらあら、こんにちは! 葵から聞いていたけど、本当に美少年ね!!」


 自分は美少年なのだろうか。

 顔の造作は整っている方だとは思うが、自覚はあまりない。

 そんなことを考えていると、「あ!」と突然に大和パパが口を開いた。


「思い出したぞ、俺の15の頃は何を考えていたか! ずっと考えていたが、妻を見て完全に思い出した!!」


 うんうん、と何やら一人で頷いて。

 何かを理解したかのように振り返り、僕を見つめる。


「俺の15の時は馬鹿で、もうその頃恋人だった妻とどんなエッチな事をするかしか脳みそになかった。確かに外面は取り繕っているかもしれんが気を付けろ! 葵!! 彼もどれだけエッチなことを考えているか――」

「お父さん、しばきますよ」


 しばきますよと言ったが、もうしばいている。

 大和さんの拳が、大和パパの右脇腹へと強烈に突き刺さる。

 横隔膜を貫く、強烈なリバーブローであった。

 床に崩れ落ちる大和パパ。

 何やってんだこの人、と大和ママは冷たく夫を見下している。


「……男はそういうものなんだ。彼だってきっとそうだ」

 

 まあ否定はしないが。

 女性に対して、確かにエッチな妄想くらいはする。

 だが、僕は身内の女性に対して、そういう下心はもうやめたのだ。


「……僕も男ですので、確かに女性に対してそういった妄想を抱くことはありますが。まあ大和さんに対して下心はないですよ」

「何故ないんだ。こんなに可愛い娘だぞ! そこらのグラビアモデルなんか目じゃないぞ!!」


 めんどうくさいな、大和パパ。

 そりゃ大和さんが美人なのは認めるが、そんな美人だからこそ僕みたいな小男に振り向いてくれるわけがないだろうに。

 僕は首を傾げる。

 大和パパも首を傾げた。


「……本当にないのか? それでは葵が言っている話とは違いが……まあよい。信じよう。さて、君の話は娘から色々と聞かせてもらったが、俺から直接聞きたい話もある。まあ夕食の時間まで少しあるんだ。それまでは居間で気楽に過ごしてくれ」

「そうさせていただきます」


 ぺこり、と丁寧に頭を下げた。


「それでは私の部屋に行きましょう」


 ぐい、と大和さんが僕の腕を引っ張る。


「え、葵、今のお父さんの話聞いてた? 居間にいてねって言ったんだよ?」

「聞いてましたよ。だからなんですか。じゃあそういうことで」


 僕はぐいぐいと大和さんに腕を引っ張られる。

 当たり前だが体格も筋肉量も全然スペックが違うので、抵抗はほぼ無意味である。

 

「……少年、くれぐれもエッチなことはしないように。俺が妻の部屋に初めて行ったときなんか、もう完全にお互いがその気で凄いハッスルして――」

「お母さん、その人ぶん殴っといてください。家の恥になりますので」

「わかったわ」


 大和ママが手を振る。

 僕はなんとなく手を振り返しつつ、大和パパが殴打されるのを黙って去り際に眺めることにした。

 助けた方がいいんだろうか?


「助けなくていいです。いつものことです」


 いつも殴られてるなら、まあいいか。

 僕はそうやって大和パパを見放しつつ、大和さんの部屋へと連行された。





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別作品のコミカライズ2巻特典小説を書いていたため更新が遅れました。

作品の足下を照らして道行きを示すため、カンテラ(感想)を宜しくお願いします。

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