第二十六話 「親と会ってくれないか?」


 『夜歩く』、君と。

 いつもの行為だ。

 部活を夜八時までも行い、文芸部らしく小説についての指導を先達として行い、その相手の後輩である少年と薄暗がりの道を歩いて帰る。

 それは間違いない。

 違いがあるとすれば、二人きりではない。

 二人きり、二人きり。

 そう心の中で密かに呟いて、いつもの心弾むような状態ではないのだ。

 そこに邪魔者である大和さんが連れ添っているのだ。


「くうくうお腹が空きました」


 しかもお腹が空いたとか言うよ、この子。

 商店街の脇道を歩いているというのに、暗に私の奢りでの買い食いを要求しているよ。

 いや、奢るけどさ。


「何が食べたい? ちょっとしたものなら奢ろう」

「ラーメンなんてどうでしょう? 商店街に美味しい播州ラーメンのお店があるんですが。凄い甘いスープの」


 もはや買い食いではない。

 店舗に入って、ガッツリ夕食を取っているではないか。

 さっきまで君、バナナを一房食べてたじゃないか。

 何でそんなにお腹が空いているんだ。

 さすがに元陸上部のアスリートとはいえ食べ過ぎだろう。


「・・・・・・大和さん、夕食は?」

「家で用意されていますね。今日はエビフライのはずです」

「では、まあラーメンは駄目だよ。何か小腹を満たす物にしよう」


 鯛焼きを食べよう。

 私には自分より小柄な少年が、ちまちまと鯛焼きを食べている姿を眺めることで興奮する性癖があった。

 

「何個食べます?」


 平然と何個奢ってくれるのか? と口にする身長190cmの後輩が、美味しくご飯を食べることで興奮する性癖などは存在しない。

 大和さんが元気に食事をしている姿自体は、別に嫌いじゃないのだけれど。

 なんとなくデカイ小動物という、矛盾した存在を眺めている気分になるんだ。

 デカいハムスターか何か。


「一個だ一個。奢ること自体はやぶさかではないが、晩ご飯が食べられなくなるだろ」


 大和さんの食欲にめっ、と叱りつける。

 それにしても食欲か。

 少し早い気もするが――

 

「あれだ、今日は準備していないので無理だが、今度ウチの親と夕食を共にしないか?」

「僕と大和さんがですか? ご迷惑では」


 厳密に言えば、まあ少年だけに来て貰いたいのだが。

 そういうわけにもいかんだろう。

 大和さんは食欲に目を輝かせている。

 

「親をあまり心配させたくはないが、今回の件についても説明しておかねばならんしな。所詮はまだ高校生なのだから、保護者にはちゃんと相談しておかねばならん」

「それはそうですね。親御さんには報告しておいた方がよいでしょう」


 少年がこくりと頷く。

 私は続けて、夕食を共にする理由を説明する。


「ついでに対策として、少年に送り迎えをして貰っていることと、大和さんも今度から付き添ってくれることも話しておかねばならんしな。その辺りを話すと、ウチの親のことだ。一度会って御礼と挨拶をしておきたいと言い出すだろうから――まあ、なんだ。悪いが付き合ってくれたまえ」

「僕は構いませんよ。大和さんは?」

「私も大丈夫ですよ」


 大和さんが満面の笑みで答えた。

 本当は、もっとゆっくりと少年との関係を築き上げてから、親とは会わせる予定だったのだが。

 いかんせん、大和さんの猛攻が激しい。

 恋愛同盟の約束通り、別に邪魔をしてくるというわけではないのだが。

 大和さんの恋愛スピードに突き放されては、少年の心を掴み取ることは困難だ。

 私も、今のうちに少年と両親を会わせておこう。


「ウチの母親が作るロールキャベツはトロトロで激ウマ、一流洋食店並みなので期待しておきたまえ。ああ、もちろんウチの親の方から必要とあれば、食事に招きたい旨を君たちのご両親にも電話させて頂くが。必要かね?」

「僕は必要ありません。まあ親も居ませんけど。叔父さんは僕がこういう行動に出るのを諦めている節があるので、いまさら止めないでしょう」


 随分キッツイ事実をさらっと言うな、少年。

 本当に気にしてないからだろうが。

 しかし、こういう行動?

 以前にも、こんな誰かを助けたり庇うような行為をしたことがあるのだろうか。

 少し気になる。


「おかわりはしてもいいんですか? 私の親には私から説明しておきますので、電話なんて不要ですよ」


 おかわりもいいぞ。

 大量に作ってくれるように、母には頼んでおこう。

 まあ、そういうことなら親からの電話は必要ないか。

 脇道から商店街に入り、そこの道先で鯛焼きを買う。

 大和さんは何を頼むか目移りしていた。

 一個だけだぞ、君。


「それにしても――柳とやらは何をするつもりでしょうか?」

「うん?」


 少年が奇妙な事を口にした。

 何がしたいだと?

 私の恋愛の邪魔だろう。

 適当に少年を邪悪かつ不正義と決めつけて、殴りつけるつもりなのだ。

 そのまま口にしようとして、止めた。


「具体的にはどうするつもりなんだろうということか? 最終的な行動はともかく、少年を見定めるためにどういう行動に出るのかがよく分からないと。暴走して少年を夜道で襲ったりするのではなく、本気で見定めるつもりであるならば何をするのだろうか。そういうことか?」

「はい」


 確かに、そういえばそうだな。

 柳は、少年が私に相応しいかどうか判断すると言ったが。


「まあ恋愛関係にあるというのは完全な勘違いなのですが――それを柳は信じないでしょうけど。ともあれ、どうやって僕が橘部長に相応しいかどうかだなんて、判断するつもりなんでしょうか?」

「ふむ、確かに」


 どうするつもりなんだろうか。

 まさか、力比べだ、なんて暴力的な事は言わないだろう。

 それは恥だ。

 その恥を一度、柳は犯しているが、やらかしているからこそ二度目はない。

 仮に彼が暴力を振るうとすれば、それは『少年が私に相応しくない』と判断したときであろう。

 ならば、どうやって、どんな方法で判断する?

 少年の疑問はもっともであった。


「それは――」


 考えに考えて。

 私は、私が一度考えたことを口にした。

 柳に出くわす寸前まで考えていたことだ。


「君の経歴や、出自を調べて判断するとか?」

「さすがに親無しだからという理由で、殴られたりはしたくありませんね。二度と御免なんです」


 本当に嫌そうに少年が口にする。

 本当に、心の底からの嫌そうな声であった。

 まるで一度やられたことがあるように。


「それはないだろう。柳について、それほど私は知っているわけではないが、それをやってしまっては柳は心底自分が落ちぶれたことを自覚することになる。柳は自分のためにこそ、それだけはしない」

「それは安心しました」


 ほっとしましたといわんばかりの表情で、少年がカスタード入りの鯛焼きを口にしている。

 私はその口元に魅了されながらに、疑問を口にした。


「経歴や出自を調べられること自体は良いのか?」

「構いません。まあ情報化社会とはいえ、個人がどれだけ調べられるかは疑問ですし。柳とやらが、どこまで真面目にやるかはわかりませんが――」


 柳の家は大層な金持ちだと聞いたことがある。

 暴力事件も、まあ双方の喧嘩とはいえ柳にこっ酷くやられた連中もいたのだが。

 示談にて、親が金を積んで無理矢理片付けたのだとか。

 その気になれば、柳の小遣いだけで興信所や探偵だって雇えるだろう。

 ・・・・・・普通はそこまでするとは思えないのだが。

 知る限り、高校に入ってからの行動で、少年には非の打ち所がない。

 少なくとも、私を孤独から救ってくれた。

 なんとなく、ぽかぽかと心が温かくなる事実を受け止める。

 少年は言葉を続ける。


「僕は誰にも恥じない生き方をしてきたつもりです。確かに僕の人生、成功もあれば失敗もありますし、光もあれば影もありましょう。本当に恥ずかしくないか? と言われたら少しだけ失敗もしました。とんでもない勘違いを一度。だけど」


 一度、言葉を止めて。

 そのとんでもない勘違いとやらが気になるが、私にはそれを知る術もないし。

 ここで聞く勇気もない。


「少なくとも、柳とやらが俯瞰的な視点を持っているならば、僕が橘部長に相応しくないなんて言わないはずですよ。意外と、今回の件はあっさり片付くかもしれませんね」


 少年が、アーモンドアイの瞳をぱちくりとさせながら宣言する。

 そうか、君はそういう生き方で今までやってきたんだな。

 問題は柳がそれを知って、どう思うかなのだが。

 ちゃんと受け止めきれるものかね。


「そうだといいがな」


 私は微笑して、少年がぱくりと鯛焼きの最後の一欠片。

 尻尾の部分を食べるのを見つめた。

 少年は鯛焼きは頭から食べる主義。

 そして、大和さんはひとのみで食べる主義だという事を知った。

 少年における知識はどんなくだらないものでも私に有益であったが――大和さん、それ、喉に詰まらないのか。

 そんな疑問に支配されながら、私たち三人は再び商店街から外れ、脇道に戻る。

 殺虫灯がパチリパチリと虫を焼き殺している音が、頭上から響く。

 そろそろ天気予報では雨が続くと聞いている。

 季節はもうすぐ、梅雨だった。



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作品の足下を照らして道行きを示すため、カンテラ(感想)を宜しくお願いします。

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