第二十四話 「むっつりエロ眼鏡」
「要するに、当校部活動一同が協議の上で、文芸部との絶縁に至った当時の判断は正しかったと言うことだ」
「どう考えても私たちの判断が正しかったよね、姉さん」
地獄姉妹の口ぶりは手厳しい。
まあそれはそうだ。
対症療法としては正しかったと認めざるを得ない。
何もかも少年のおかげで、今では私は楽しく文芸部をやれているわけだが。
彼がいなければ、今も私は一人部室で小説を書いていただろう。
「りこ先輩、そんな言い方はないでしょう。悪いのは橘部長ではないのですから」
少年が私を庇ってくれる。
相変わらず優しい。
「小僧! 優しいのはお前の美徳だが、現実を俯瞰的に見ないと駄目だぞ! そこのむっつりエロ眼鏡は、状況に危機感を抱いているどころか、少年に庇って貰って喜んでいる側面もあるからな!!」
ドキっとした。
確かに、女としてこの状況を愉しんでいないかといわれると嘘になる。
もちろん、柳のような暴力じみた輩に興味があるわけではない。
ただひたすらに、私を庇おうとしてくれる少年が愛おしかった。
しかし、『むっつりエロ眼鏡』って。
正直否定はしないが、他に呼び方無いのか。
「とりあえず、小僧。個人的にはお前が直接ぶち当たれば、男としての価値を考えると柳なんぞに負けないし、相手も認めざるを得ないと考えたいが。おそらく柳とやらはお前の存在価値を認めないだろう」
りこの奴が、特に意味も無く少年の背中に近づき、胸を押しつけながらに囁いた。
無意味にエロ動作をするなよ、お前。
少年には通じてないようだが。
「まあ、そうでしょうね。僕としては恋愛関係ではないという誤解を解き、君みたいな阿呆がいるから橘部長に迷惑がかかり、僕がエスコートしているのだと突きつけてやりたい気持ちなのですが」
「正論過ぎて、相手を怒らせるだけだな。確実に理解しようとしない」
そういうものだろう。
陰キャの私が言うのもなんだが、柳は暗い性格をしている。
そんなさっぱりと、私が悪うございましたと認めて、少年の男らしさを誠実に受け止めるような真似はしないだろう。
正面からの説得が通じるとは思えん。
りこの言い分が正しい。
直接交渉は論外だ。
「ではどうするんですか? 正直、僕にはダイレクトアタック以外の解決方法が見つからないのですが」
少年が首を捻る。
だから、自分が殴られることで解決するような手段は止めてくれ。
そう思うが、りせが止めるために返事をした。
「実際問題、直接交渉は論外だ。おそらく小僧の話は聞かない。それだけ理解していれば、解決方法は理解できるだろう? なあ、むっつりエロ眼鏡」
意味深な視線。
そのむっつりエロ眼鏡という表現は止めて欲しいものだが。
まあ、解決方法は一応ちゃんとある。
酷く消極的な方法ではあるし、おそらく少年はそれを呑まないが。
「なあ君。いっそ夜道のエスコートを止めるというのはどうだろうか。そうすれば、柳の奴も近づいては来ないだろう。アイツは私が一人でさえいれば、それでいいんだ」
言いたくはなかったが、口にした。
要するに、しばらく様子見で少年を私から離してみるという手段だ。
「却下です」
却下された。
まあ呑んでくれないだろうな。
少年のそんなところに、私は惚れ込んだのだ。
「僕が離れることで、その柳の行動がエスカレートしないという保証は何処にあるんですか? まだ殴られるのが僕ならばいい。橘部長が夜道で襲われでもしたらどうするんですか?」
むっつりエロ眼鏡か。
りこりせ姉妹の呼び方を、本当に否定出来んな。
そう警告されても私は恐怖を感じるどころか、少年からの真心を感じて胸の辺りが温かくなるのだ。
本当に参ってしまいそうになる。
「はい」
挙手。
それまで話を聞いて黙っていた大和さんが、手を上げた。
こくり、と少年が頷いた。
「どうしたんですか、大和さん。お腹が空きましたか? バナナがありますよ」
いや、さすがに違うと思うよ。
少年よ、その扱いはさすがに大和さんに失礼すぎると思うんだ。
「いえいえ、意見表明のための挙手です。発言よろしいですか? あと、このバナナは貰いますよ」
バナナは貰うんだ。
お腹が空いてたのは事実なのか、大和さんはバナナを受け取りながら、うーんと、と呟いた。
「柳さんはさっさと橘部長を諦めて、次に行くべきだと思うんですが。まあその正論は通じないですよね」
正論過ぎて通じないな。
エビフライさんが買えないからといって、横でカツサンドさんが容易く売っているわけではないのだ。
口にはしないが、私だって少年じゃなくて柳と付き合えと言われれば頑として拒否する。
この世に二人の男女しかいない状況でも嫌だぞ。
何故、それほど彼を嫌っている私に対して、柳が惚れているのかはわからんのだがね。
せめて、理由は知りたかったところだが、本当に心当たりはない。
一年の時に同級生になって、隣席となり。
同じ文芸部に所属していることもあって、たまに会話をするようになり。
ああ、お互いに好きな本の良いところをあげたり、本の貸し借りをすることもあったな。
その程度の付き合いに過ぎなかった。
それが、突然弾けた。
彼は突然激昂し、私に告白をしようとした男子と喧嘩になり、学校を震撼させる暴力事件を起こした。
「・・・・・・何故、柳は私の事を好きなのだろうな」
本当に疑問であった。
それほど親しい関係ではなかったと思うのだ。
少なくとも、私はそれほどに大事な関係であるとは考えもしなかった。
男としての興味など埒外である。
暴力事件を起こして、私がそれゆえに隔離されるようになってからは、もう完全に嫌悪しかない。
「そこのところがわかれば、説得の方法があるのかもしれなかったのに。彼の未練を断ち切ることができればよかったのですが」
大和さんは冷静だな。
ぼけーっとしているが、意外と色々と考えている子なのだ、この後輩は。
そうだな、柳が何故私に惚れているのか、どんな感情を抱いているのかがわかれば、説得の方法はあったのかもしれない。
だが、それは無理だ。
一方的に惚れられているだけだと、私は感じている。
柳には何の思い入れもない。
「それじゃあ、次善策をとりましょう」
「次善策?」
何かあるのか?
私は期待の眼差しで大和さんを見つめる。
大和さんは身長190cmの体格をぐぐっと背伸びして、寝ぼけた身体を目覚めさせつつ。
にやりと笑って口にした。
「私も帰りに付き添いますよ。私が一緒なら安全ですよ」
「ふむ」
まあ、柳の奴も体格が良いとはいえ、鍛えている大和さんにはとても勝てないだろうな。
大和さんのように、林檎を片手で潰す握力を保持しているわけではない。
柳の奴が大和さんを甘く見て襲いかかったところを、返り討ちにする分には問題ないはずだ。
自己防衛にすぎないという奴である。
「いや、それは大和さんに迷惑ではないかな。ただでさえ少年の付き添いに甘えているのに、これ以上後輩の世話になるのは・・・・・・」
恋敵の大和さんに甘えるというのもな。
それに、大和さんと少年は私を送ってくれた後、どうするつもりなんだ。
「それなら、大和さんの帰りも僕が付き添いましょうか。大和さんも近所でしたよね」
「はい、そうしてください。よかったですね、橘部長。これで解決ですよ」
当然のように少年が申し出て、大和さんが受け入れる。
ああ、理解した。
これ、大和さんが夜道を少年と二人で歩きたいだけだ。
ついでに自宅にまで連れて行って、親御さんにも紹介するつもりだろう。
そうはさせないぞ、と言いたいが。
「うーん。それが一番じゃね?」
「そうだね」
こんな時に限って、りこりせ地獄姉妹は反対しやがらない。
コイツラの興味は少年が如何に安全かどうかであり、そもそも大和さんを恋敵とは見ていないのだ。
何故そんなに無警戒なのか。
普段、ニコニコと惣菜パン食ってる姿しか見てないからか。
そうだな、完全に恋敵としては無害に見えるな。
私も最初はそう思っていたから、彼女たちの不見識を否定できない。
「それではしばらくお願いしますね、橘部長?」
大和さんがニコリと微笑みを浮かべる。
それは私にとっては勝ちに近づいた勝者の笑みであり、柳に脅されるなどよりも。
私に戦々恐々とした感情を抱かせた。
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