箸休め 「友人としての忠告」


 入学式から、まだ一ヶ月も経たずに突き止められてしまった。


「やっぱり私のせいで、黒板正面が見えていないんでしょう。谷垣さんからデータを貰ってるじゃないですか」


 ぴしり、と大和さんが現場を突き止めたとばかりに僕を指さした。

 タブレット分離型のノートパソコンで授業のノートを作成している谷垣と、そのデータをタブレットにコピーしてもらっている僕。

 その現場を突き止められたのだ。

 あれだ、いちから話すと少し長くなるのだが。

 谷垣がいい加減、お前に紙のノートをいちいち貸すのが面倒臭い。

 いや、そもそも令和の時代に紙とペンを使うこと自体が古臭い。

 こんなの絶対おかしいよ! 俺たちは令和の人間であって原始人じゃないんだよと言い出した。

 紙とペンを地面に投げ捨てて、そう叫んだのだ。

 暗記事項において紙にペンで書いて覚えることは必要だと、僕などは強く考えるのだ。

 当然その主張もしたが、ノートを借りる迷惑をかけている手前があるので強くは言えぬ。

 谷垣は革命児である。

 黒板の板書をただ写すだけなんて、もはや完全に時代遅れだとまで言い出した。

 我々は学習環境において学校側に虐げられている、ならば連帯だと発言したのだ。

 僕は連帯なんて言葉、小林多喜二の『蟹工船』でしか聞いたことがないというのに。

 いや、実際谷垣もそれぐらいでしか知らないだろうが。

 ともあれ、連帯らしい。

 我が高校がスポーツ育成にばかり費用を傾けて、電子黒板の導入が現状できないなら、こちらにも考えがあると。

 学校側から全授業でのネット使用許可を取り、クラウドデータを活用して個人的なオリジナルノートを作るのだと宣言をし、その許可を求めると。

 谷垣は理事長への面談まで嘆願して、その考えを訴えた。

 『おい地獄さ 行 ( え ) ぐんだで!』の台詞と共に、理事長室に突入していった彼の背中を覚えている。

 仕方ないから付いていった僕は僕で、結構な変人かもしれんが。

 理事長も挑戦的な気風を好むので「そこまでほざいて、やれるもんならやってみいや! それで受験失敗したら自己責任やぞ!! 吐いた唾飲むなよワレェ!!」という返事で許可を出してしまった。

 僕はその会話で理事長が関西人であることを知ったが、まあどうでもよい。

 谷垣も理事長も、どちらも無茶苦茶なのが問題である。

 私学だからって、なんでも自由にやって良いものではないと考える。

 だが、もう結論は出てしまった。


「今後はお前へのノート貸与は、タブレットにデータをコピーする形で応じる。議論するまでも無い、論ずるに及び申さんのだ。全てこの谷垣に任せろ。なに、礼など不要だ」


 谷垣は一方的にそう告げた。

 なんで僕まで谷垣の思想に巻き込まれているんだ、と思ったが。

 僕が毎回ノートを借りてるせいだった。

 というか、そんなことをやっているのが切っ掛けで、温厚極まりない谷垣が突然怒り狂って暴走したのだ。

 要因は僕のせいにあらず、あくまで学習環境に問題があるというのが谷垣の弁だが。

 これ以上、論ずるに術がござらん。

 谷垣を説得することなど、もう僕には出来ない。

 なれば、友人である谷垣と運命を共にすることを決意した。

 僕にだって男の子の自覚があるのだ。

 で、まあそこまではいい。

 タブレットをよこせ、さっさと授業データをコピーしてやると。

 そんなやりとりを毎回繰り返していると、ついに現場を大和さんに押さえられた。

 まあ、いつかはバレると思っていた。

 谷垣はイケメンかつ精神が男前なので、悪いところなどあんまりないのだが。

 それでも僕は不満を述べた。


「谷垣、だからデータを渡すのは大和さんのいないところでと言っただろう?」

「いや、野球部の練習もあるし、放課後とかいちいち待っていられないぞ。そもそもお前は大和さんと一緒に部活に行っちゃうだろうに。大和さんのいないところで渡す隙なんてないぞ」


 至極もっともな意見である。

 何の反論もできぬ。

 圧倒的に谷垣の言い分が正しかった。


「なんで黒板正面が見えてないのに見えてるなんて虚偽を・・・・・・いえ、私を傷つけまいとしたことは察しているんですが」


 大和さんは全てまるっとお見通しだとばかりに、はあ、とため息をついた。

 僕は何か言い訳をしようと考えたが。 


「この男は変な強がりというか、俺には意味不明な行動をするんだよ。大和さんが気にする必要なんかないよ。判ってあげてくれ」


 それより先に、谷垣が弁明してくれた。

 ほんと良い奴だな、コイツ。

 僕が女ならば惚れていた。

 残念ながら僕は男として生まれてきたので、その線はないが。


「その強がりが優しさであることは受け止めました。だから、今からでも席替えしましょう」


 大和さんは、困った顔で今からでも状況を修正しようと試みるが。


「別に必要ないよ。そんなことしても僕にメリットないし」

「はて」


 僕は本当に困っていないのである。

 理由はただ一つ、谷垣が作成した授業メモだ。

 データをコピーした僕のタブレットを開いて、中身を大和さんに見せる。


「・・・・・・あれ、黒板の板書よりも判りやすい? 注釈まで入ってる?」

「谷垣の作ったデータを見た方が、もはや自分で黒板の板書を見てノートに写すよりも理解できます。授業はちゃんと耳で聞いてますよ」


 谷垣のオリジナルノート。

 それは一目見ただけで、頭の良い人が作った内容でござい、と言わんばかりの内容である。

 授業の概略図から微に入り細を穿つのみならず、覚えておいた方がよいポイントまで纏められているのだ。

 この内容をちゃんと復習すれば、それだけで我が校の小テストぐらいならば満点をとれる。

 というか、谷垣のおかげで大学受験にも自信が出てきたレベルである。

 谷垣は革命児である。

 在野(我が校)にいるには惜しい男であった。

 というか、間違いなく我が校で一番頭の良い生徒である。

 有名進学校に行かなかった理由、そこだけが本当によくわからない男でもあった。

 何か事情があるのだろうか。

 それはそれとして、谷垣にはお願いしたいことが。


「二学期の席替えが終わってからも、データを見せてくれ。というより、僕はここから動きたくない。ずっとお前の隣にいたいのが本音だ」

「最初からその約束だから構わんが、男同士で気持ち悪いことを言うなよ」


 谷垣が眉をしかめつつも、和やかな笑顔で罵倒を口にした。

 確かに気持ち悪いことを言ったが、僕の本音である。

 お前だけは逃がさん。


「谷垣さん、私も! 私もデータ欲しいです!!」


 大和さんが物欲しそうに、谷垣に強請った。

 分けて、分けて、と菓子を強請る子供のように、自分のタブレットを取り出した。

 まあそうなるのは理解できるが。


「・・・・・・」


 谷垣は見たこともないぐらい、本気で嫌そうな顔をしている。

 生理的嫌悪に近い表情だと察することが出来た。

 普通ならば大和さんみたいな美人に頼まれて、嫌ということはあるまいに。

 と言いたいところであるのだが。


「あれだ、何というか。すまないが、ただのクラスメイトにデータを渡す気はない」


 谷垣は、どうも大和さんに隔意があるようであった。

 人間的な蔑視や差別感情ではなく、単純にもう関わりたくないらしい。

 クラスメイトであることは認めるが、友人としては嫌だと。

 理由はよくわからない。

 誰だって人の好き嫌いぐらいあるだろうから、根掘り葉掘り聞く権利はなかった。

 

「あ、す、すいません」

「悪いね」


 全く悪びれた様子もなく、谷垣は僕の方を見た。

 彼が今から言うことはわかっている。


「だがまあ、友人が勝手に他の人にデータをコピーする分には構わないよ」


 回りくどい。

 要するに、僕のデータを大和さんにコピーして渡せということだ。

 谷垣は、別にデータ自体には重要性を全く感じていない。

 ただ、大和さんとは友達になる気が無いというだけである。

 

「了解した」


 何故、ここまで線を引きたがるのかは知らないが、まあいつか話してくれるかもしれない。

 友人であるのだから。

 未来に期待をして、余計なことをいうのはやめておこう。

 僕は大和さんに歩み寄り、タブレットの操作を始めた。







 ※





 放課後、文芸部の部室まで二人して歩く。

 大和さんが僕の真横で、本当に申し訳なさそうに質問をした。


「私、谷垣さんに嫌われてるんでしょうか?」

「いや、本当に嫌われてるならば、データ自体を渡そうとしないはず」


 谷垣が作ったデータであるのだ。

 彼に権利があり、僕は一方的な受益者にすぎない。

 彼が嫌だといえば、僕は大和さんにデータを渡すこともしないつもりだった。

 だが、谷垣はその必要は無いと明確に口にしている。


「嫌われてるんじゃないよ。むしろ、クラスメイトではあると言ってるんだよ」


 僕は慰めのように口にした。

 そこのところは、論ずる必要が無いのだ。


「やはり、大女であることが嫌われる原因なんでしょうか?」

「何故そう思うんです?」


 そう呟くが。

 あれ、本当にそうかもしれないと思った。

 谷垣は、橘部長や地獄姉妹にも関わりたくないと発言している。

 完全に共通する事項など、高身長以外になかった。

 何か高身長の女性にトラウマでもあるのだろうか。

 そこのところを気にして口にもしたが「そういう問題ではないだろうに。身長なんか全然関係ない。お前は何もわかっていないというか、そういうところがいかんのだ。友人として忠告しておく。お前はいつか地雷を踏むよ」と返事をされた。

 何が言いたいのか、それだけではよくわからんぞ谷垣よ。

 僕は鈍い方ではないが、何も示唆せんのに理解できるほどの大人物でもない。

 とりあえず、今は大和さんを慰めなければいけない。


「僕は大和さんが好きですよ」

「え」


 友人として。

 そう口走る。

 大和さんは一瞬立ち止まり、何か思考停止した表情をして。

 ああ、と凄い複雑な表情で言葉を口にした。


「友人として?」

「友人として」

「なあんだ」


 はあ、と大和さんは大きくため息をついた。

 ため息をつかれても困る。

 大和さんみたいなグラビア体系の美人に、僕なんかは釣り合わないだろうに。


「少し、残念です」


 大和さんはブレザーのポケットに手を突っ込もうとした。

 だが失敗した。

 すでに、ポケットは両方とも菓子パンで埋まっていたからだ。

 ほんとよく食べるな、この人。

 気分が少し和やかになる。

 僕は、大和さんが好きだった。

 同じ文芸部に属する、友人として。

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