第13話 メスガキ先輩はロジックエラーを拒まない/吹尾奈(好感度3)
俺はそっと障子を開くと、真っ暗な廊下に首だけ出して、人の姿がないかを確認した。
誰もいないことを確かめ、ようやく廊下に
「じゃあな。おやすみ」
開いた障子に立つのは、パジャマ姿のお姫様――探偵王女こと、詩亜・E・ヘーゼルダインだった。
きらびやかな金髪を薄暗い夜の闇に溶かし、お姫様はひそやかな声で言う。
「誰にも見つからないでくださいね」
「わかってるって」
「私があなたと夜な夜なゲームしてるところなんて見られたら、カイラや万条先輩に何を言われるか……」
カイラには小言を言われ、フィオ先輩には鬼の首を取ったかのようにからかわれるってところか。
お姫様が渋い顔をするのもわかる。
「くれぐれも帰り道には気をつけて」
「そんなに警戒するくらいなら、こんな夜に誘って来なきゃいいのに」
お姫様はむっと唇を尖らせた。
「昼はあなたが寮にいないじゃないですか」
「そりゃまあ依頼をこなすので忙しいし……。お前と違って余裕がないんだよ」
「たまには余裕を持ったっていいと思いますけど」
お姫様はつまらなそうに、ふんっと鼻息を鳴らす。
なんか、この感じ……。
「……彼氏にかまってもらえない彼女みたいなこと言うなあ」
「なっ!? 自意識過剰な!」
「わかったわかった。大声出すなって」
顔を赤くして抗議を始めようとしたお姫様をなだめて、俺は一歩、お姫様の部屋から離れた。
「じゃあ改めておやすみ」
「……おやすみなさい」
障子がすとんと閉じて、お姫様の影が部屋の奥に消えていく。
俺も板張りの廊下を歩き出して、自分の部屋を目指した。
お姫様とゲームで遊ぶのはなかなか気の抜けた楽しい時間だが、相手がお姫様だってのがちょっと難しい。
なにせ見た目が可愛すぎる。
恋愛感情のあるなしに関わらず、半ば暴力的に魅力を感じさせてくるあの容姿が、たまに俺に邪念を抱かせるのだ。
ふと我に返って、緊張しちまう瞬間があるんだよな……。
甘いいい匂いがした時とか、肩がちょっと触れ合った時とか。
……胸の膨らみが目に入った時とか。
男女の友情が成立するか否かというテーマがあるが、ことお姫様に限っては、成立させるのが難しいかもしれない。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、
「――後輩クン♥」
急に背後から声をかけられて、思わず肩がはねた。
ゆっくりと後ろに振り返ると――月明かりだけに照らされた、暗い廊下の真ん中に、ちっこい先輩がにんまりと笑いながら立っていた。
「フィオ先輩……」
「こんな夜にこんなとこで何してんの? 女子部屋のエリアだよ?」
幻影寮は男子部屋のエリアと女子部屋のエリアにざっくりと分かれている。
別にエリアを越えることが禁止ってわけじゃないが、俺は普段、不慮の事故を避けるために、女子部屋のエリアにはあまり近づかないようにしていた。
なので、まずい。
こんな夜中にお姫様の部屋にいたことがバレてしまう。
「あー……」
意味のないうめき声で時間を稼ぎながら言い訳を考えた。
「ちょっと散歩してたらさ、うっかりこっちまで入り込んでたんすよ。すいません」
「ふーん。散歩ねえ……」
フィオ先輩は一歩二歩と俺に近づくと、じろじろと俺の顔を観察し始める。
「な……なんすか?」
「散歩って割には、スケベな顔してたなぁ~って思って」
「は??」
「溜まってるのかにゃ?」
フィオ先輩はふざけるようにそう言って、にやにや笑いながら首を傾げた。
「す、スケベな顔って……なんすかそれ」
「なーんとなくね? 男の子がおっぱいのこと考えてる時の顔してるような気がして」
「どんな顔すか。鼻の下でも伸びてたんすか?」
「んーん? むしろ逆に、真面目そ~な顔」
フィオ先輩はむっつりと閉じた口を、2本の人差し指で横に引っ張る。
「男の子ってさあ、エッチなこと考えてる時ほど真剣な顔するよね? 誰に対して演技してるのか知らないけど!」
そ、そうか……?
自覚はねえけど、そうなのか?
「怪しいなぁ~……」
目を細めて俺を見上げながら、フィオ先輩は俺の周りをぐるぐると回った。
「女子エリアに入り込んでる、エッチなこと考えてた男子。怪しいなぁ~……いやらしいなぁ~……」
「か、考えすぎっすよ。本当にちょっと入り込んじまっただけで……」
「じゃあ、証明してもらおっかな?」
フィオ先輩は俺の正面でピタリと立ち止まって、薄く笑いながら小首を傾げる。
「すぐそこにフィオの部屋があるからさ、ちょっと寄っていきなよ♥ いやらしいこと考えてないんなら……大丈夫だよね?」
フィオ先輩の……部屋?
こんな夜中に、二人っきりで?
真っ昼間でさえ常に誘惑してくるような人と?
寝巻きだからか、フィオ先輩はいつものオーバーサイズのパーカーは着ていなかった。
上半身には薄っぺらいキャミソールが1枚。
下半身には太ももをさらけ出したショートパンツが1枚。
襟ぐりから覗く白い胸元が――裾から伸びる肉付きのいい太ももが――静かな月明かりに照らされていて――
……ごくり。
「ふふ」
フィオ先輩は嫣然と笑った。
「真剣な顔してる♥」
俺はハッとして自分の顔を触る。
その様子を見てくすくすと笑うと、フィオ先輩はくるりと背中を向けた。
そしてそのまま、
「本気でその気があるならついてきてもいいよ? ヘ・タ・レ・クン♥」
せせら笑いだけを残して、すたすたと歩いて離れていく。
ちくしょう、またからかわれた……。
エロいことを考えてる時ほど真剣な顔をする、なんて、また嘘だか本当だかわかんねえ豆知識――
――いや、待てよ?
「先輩――俺の後ろから来たっすよね」
フィオ先輩が、ピタリと足を止めた。
「それじゃあ俺の顔なんて、見えるわけなくないっすか?」
そしてその場で、しばらく肩を震わせる。
それからゆっくりと、こちらに振り返って――
「ふへ♥」
と。
緩み切った笑みを浮かべた。
「論破……されちゃった♥」
それは、いつもよく見るせせら笑いとも、からかい笑いとも違う……。
なんというか……今までで一番、いやらしい笑顔だった。
そのまま廊下の奥に消えていく小さな背中を、俺は呆然と見送る。
とりあえず……それについていく勇気は、今のところなかった。
名探偵にラッキースケベは起こせない ~美少女探偵だらけの学生寮にありがちなこと~ 紙城境介 @kamishiro
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