第12話 メスガキ先輩はマウンティングに余念がない/吹尾奈(好感度2)
名探偵には結構な割合で、決め台詞が存在する。
お姫様曰く、決め台詞というよりはただの口癖らしく、繰り返し使っているうちに周りがありがたがってしまっているというのがありがちなパターンだそうだ。
そんなお姫様が推理の時によく口にするのは、『簡単な消去法のゲームです』だ。
お姫様が得意とする、真実以外の可能性を徹底的に排除していく消去法推理を端的に表したセリフである。
それでは、われらが幻影寮の最年長、万条吹尾奈先輩の決め台詞はどんなものだろうか。
「え~? そんなことも知らないのぉ~?」
そう言って、フィオ先輩はニヤニヤと俺をせせら笑った。
「男が車道側を歩くっていう習慣は、中世ヨーロッパにまで遡るんだよぉ? 大体、男一人、間に挟んだくらいで車から守れるわけないじゃん。中世ヨーロッパは窓からうんこやおしっこを投げ捨ててた奴がいたらしいんだけど、その時、家が汚れないように遠くの方に投げるから、建物から遠い車道側を男が歩くようになったんだって」
「……それ本当っすか? なんかいかにもネットに流布してる不確かな情報って感じですけど」
「さあ? 逆に建物に近い方が糞尿がかかりやすいから、男が女を盾にしてたって話もあるし」
「適当っすね……」
「そもそも現代でもさ、バイクのひったくりから女子を守ったりできるんだから、とりあえず黙って車道側歩いとけばいいじゃん」
「現代じゃ意味ないって言ったの先輩なんすけど」
歩道の建物側を歩きながら、フィオ先輩はいい加減にケラケラと笑う。
『男は車道側を歩かなきゃいけないって誰が決めたんですかね?』と軽い気持ちで話題を振ってみた、これがその結果である。
買い出しの帰りだった。
幻影寮ではこういった家事仕事は持ち回りの当番制になっているが、買うものが多い時は二人で担当することも多い。
だが、フィオ先輩は当然のように手ぶらで、俺は当然のようにパンパンのビニール袋を両手に下げていた。
俺も俺で、この人が茶碗とゲーム機以上に重いものを持っているところを見たことがないので、最初から労働力として期待なんかしちゃいないが。
何が楽しいのか、フィオ先輩は弾んだ足取りで俺の隣を歩きつつ、
「そもそもさ、話題のチョイスが良くないよ? 後輩クン」
「何でっすか」
「男が車道側を歩くとかさ、レディーファーストとかさ、そういうのに疑問を抱くのってモテない男だけじゃん。彼女いたことないの丸出し」
「ぐっ……そうとは限らんでしょうか! 男女平等社会について考えを巡らせるモテ男も世の中にはいるでしょ!」
「いやいや、マサチューセッツ工科大学の研究では――」
「大学を持ち出せばどんな与太話でも信じると思ってないっすか?」
「じゃあ、これはフィオの研究なんだけどー」
パーカーの萌え袖をゆらゆらさせながら、フィオ先輩は言う。
「男が車道側を歩いたからって別にモテはしないと思うんだよね。それ以前に顔とか性格とか年収とか、足切り条件がいっぱいあるし」
「世知辛ぇ……」
「でも、モテる男はそういうことが自然とできるように訓練されてるわけ。過去の女に散々叩き込まれてるから」
「軍人みたいっすね……」
「ドクトリンを疑わないところも含めてね」
フィオ先輩はくすくすと笑う。
「で、問題は、女が好きなのはモテる男とモテない男のどっちなのかって話」
「……それはモテる男でしょ。モテてるんだから」
「違う違う。ちょっと文言を追加するね? 目の前の女が好きなのはどっちなのかって話」
「目の前の……」
フィオ先輩は隣は歩く俺を見上げて、にやっと笑った。
「これもフィオ調べだけどー。モテ男が怖いっていう子は結構いるよ? 全然女慣れしてなさそうな男ばっかり好きになんの。ほら、男も男慣れしてない女の子の方が可愛く見えるでしょ?」
「……いやいや、それはあれでしょ、人畜無害ではあってほしいけど、デートではちゃんとエスコートしてほしいっていう、都合のいい――」
「床上手の処女みたいな?」
「はっきり言うのやめてください。合ってるっすけど」
「世の中にはね、自分の手で男を育て上げたいっていう女もいるんだよ。女を自分色に染め上げたい男がいるみたいにね?」
「……ずっと思わせぶりな話をしてるっすけど、先輩はどっちなんすか?」
満を持して俺が尋ねると、フィオ先輩はニヤニヤと笑ったままことりと首を傾げて――
「そんなこともわかんないのぉ?」
――車道側に、移動した。
「ちょっと考えてみたら、すぐにわかるじゃ~ん♪」
俺は目を細め、両手に重くぶら下がったビニール袋をしっかりと持ち直した。
「……じゃあとりあえず、1袋持ってもらっていいっすか?」
「それはやだ!」
「よいしょっと」
「え? ちょっとー!」
男が車道側を歩かなくていいなら、荷物だって男が持つ義理はないはずだ。
ということで持ってもらったところ、フィオ先輩はその場から動けなくなった。
一つのビニール袋を両手で持って、へっぴり腰になっているフィオ先輩が面白かったので、一旦その場に放置して先に行ってみた。
「後輩ク~~~ン! 置いてかないで~~~! ――ふへ♥ ――置いてかないでったら~~~っ!!」
半べそをかきながらも、一瞬だけ漏れた緩み切った笑みに……この時の俺はついぞ、気づかないままだった。
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