第2話 魔法学院やりなおし

走る。走る。走る。

腰くらいまである背の高い草原が、雨に打たれてひしゃげている。

頭の上に灰色の大きな雲が迫っている。

髪を濡らしたであろう雨粒が、はるか後ろに過ぎ去っていく。

やがて私は、岩壁に出た。

遥か下に、荒れた海が押し寄せている。

波の激しいおとが聞こえる。


水平線の先は、霞んで陸地など見えない。

遠く遠く、そこに私の捨てた国がある。

北陸国、ラシアリアが。


「こんな天気、船は出ませんよ」


後ろから声がする。

レーナが肩で息をしながら、そこに屈んでいた。

振り返って彼女に告げる。


「……どうするつもり?」

「転移魔法、使えます。すぐにでも」


私は目を見開く。


「そんなに追い詰められているの?」

「……ゴネました。私が」


レーナは私の目をじっと見る。

そのまつげは雨でかすかに濡れている。


「あの子を助けたいのは、先輩だけじゃないんです」

「分かってる、そんなの」

「分かってない!! なんにも!! あの事件だって、先輩が一人で抱え込むことなんて無かった。責任を感じる事もなかったんです」


雨に打たれながら彼女は呟いた。


「……辞めちゃう必要なんて、なかった」


重い雲がゆっくりと流れていく。

海沿いの風は強くて、レーナの長い髪を揺らす。

何て言葉をかけて良いか、分からなくて。


「そんなんじゃ、ないんだけどな……」


そう言って目を逸らした。


「先輩。信じてくれなんて言いません。口が裂けても言えません。だから一回だけ、私たちと一緒に仕事をしてくれませんか」


彼女の目が余りに真っすぐで、私は少しため息をつく。

変わらないな、彼女も。

皆、変わらない。」」辺りを見渡せば、そこは殺風景な草原。

地平の先まで、人っ子一人見当たらない。

私はゆっくり口を開いた。


「教えて。制服の着方なんて忘れてしまったから」


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国立魔法学院は、おそろしいほどの森の中にある。

駅から山道を数時間。

下手に道を逸れると魔物が出るとかなんとか。

この山道で箒が禁止されてるのは昔から変わらないらしい。


「くそ。謎ルールがよ……」


悪態をつきながら、久しぶりに通した夏服に滲む汗を恨む。

学院の結界近くに転移すれば、侵入者だと声高に宣言しているようなものだ。

コストが高い転移魔法など、今日び銀行の跡取り魔法使いでも使わない。

暑い。とにかく暑い。

あとクソうざい蝉の声が延々とする。


入学したての頃を思い出す。

駅に着くまでは週末に友達と近くの街まで出かけていく妄想などしていたものだが、学院に着くころには皆死にかけの蝉の様な惨状になり、よっぽどの事がないと学院の外に出ない引きこもりに相成りましたとさ。


「……だから根暗ばっかりなんだよ」


登る、登る。

下る。


「平坦な道にしろよ!!!!」


箒を地面にたたきつける。

リュックサックから水筒を取り出して水を一口。

熱中症には気を付けなければ……


そうか、夏だから余計に熱いのか。

春だったら途中で極東の国から寄贈されたとかいう桜並木があったり、花畑みたいなのもあって目の保養になったが、今の季節は……


「ああ一面のクソ緑……」


額に腕を当てて倒れ込む。

暑すぎる。

それに駄目だ。この十分で二回もクソという言葉を使ってしまった。

高貴なお嬢様のおわせになる魔法学院には相応しくない……

気を付けなければ。


ゆっくりと目を閉じる。

ああ、石畳が背中に気持ちいい。

ごめんレーナ。カーリンちゃん。

暑さには勝てなかったよ。

私の冒険は、ここで終わり。

二時間しか歩いてないけど……


「おーい。生きてますかー?」


声を掛けられて目を開ける。

誰かが私を見下ろしている。

正確には、誰かと一匹が。


しゅっと伸びた鼻、灰色の毛並み。

鋭い眼光は明らかに狼のそれで。

纏ってるオーラはただの狼じゃなくて魔物のソレで……


さっと立ち上がって距離を取って杖を向ける。


気絶魔法スタライズ……」

「まってまってまって!!」


静止されて口をつぐむ。

手をぶんぶんやって魔物を庇おうとするのは一人の女子生徒。

彼女は小さな体で大きな狼の前に立ちふさがる。


「これ!!!私のペットなんです!!!!!!」

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魔法学院やりなおし うみしとり @umishitori

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