魔法学院やりなおし

うみしとり

第1話 魔法学院やりなおし

アイスランド、それは草原が広がる島。

風に揺れる雲と、どこまでも広がる真っ青な空。

白いもふもふの羊がめぇと鳴いた。

こじんまりとした小屋が短い夏の日を謳歌している。


つるつるの窓から小屋の中を見渡せば、無駄のないすっきりとした内装で、独り暮らしには少し広すぎるくらいのリビングがある。

窓からの光は部屋の隅に届かず、暗がりにほこりが溜まっている。

やかんが火に掛けられてぐつぐつと蒸気を建てていた。


部屋の中には二人の女。

明らかに高位の魔法使いであることが分かる灰色のケープに身を包んだ魔女と、パジャマ姿で髪の毛がぼさぼさな私。


私はやかんから出がらしの野草茶をカップに注いで魔女の目の前にどん、と置く。

魔女は荒れ果てた庭の様な私のぼさぼさ頭を眺めやりながら言った。


「……箒を逆さまに立てかけてる魔法使い、初めて見ました」


扉の横に私の箒が穂先を上にして壁にもたれ掛かっている。

雑巾が穂の部分に干されて揺れている。


「まじないみたいなもの」

「……見られたら意味ないじゃないですか。ちなみに意味は?」

「言わないと分からない?」


私は椅子を引いて腰掛ける。シンプルな木製の、職人手作りの椅子。私のお気に入りだ。

じとり、と私は相手を睨みつける。

睨みつけられて気まずそうに頬を掻く役人はレーナ・シュッツル。魔法省時代の後輩だ。

いつもぴょこぴょこ動きまわってはトラブルを拡大させ、私の残業原因の4割くらいを占めていた。

頬杖をつきながら問いかける。


「国の役人が何の用? その偉そうなケープを見せつけに来たの?」

「……先輩の方が偉かった気がしますけど」

「昔話をしたいだけなら帰って。私は忙しいの」

「忙しい……です?」


レーナは首を傾げて野草茶をすすりながら窓の外から悠長に草を食む羊を眺めやる。

のどかな草原に風が吹く。

羊はふと空を見上げてめぇと鳴いた。


「……とにかく魔法省がこんな島に何の用かしら。休暇なら他所でやって」

「仕事です。これを」


彼女が取り出したのは一枚のパンフレット。

それから真新しい制服。

それからピカピカのローファー、革の学生鞄。


「……何これ?」

「先輩」


レーナは目を伏せて、こちらをちらり、と見ながら言った。


「もう一回女子高生やる気ありませんか?」

「断る帰れ」


彼女の顔面に制服を投げつける。

小綺麗で洒落た制服が彼女の頭にクリーンヒットした。


「ふぎゃ!」

「何企んでるか知らないけど、あんたがやればいいじゃない」

「……無理です顔割れてますし」

「私もよ。ただのコスプレOG訪問じゃないこんなの」

「それについては心配なく」


ふふん、と笑みを含んだ表情でレーナは机に小瓶を置いた。


「アンブロシアル。若返りの薬……これを使えば3ヶ月は少女でいられます」

「また高いものを……ケチな魔法省にしては気前が良いわね」


私はふう、と息を吐くと椅子に座り直す。

腕を組んでレーナをじっと見つめる。


「……何かあったの?」


彼女はこくり、と頷く。


「最近、国立魔法学園には黒い噂があります。生徒が行方不明になったり、禁制品が

持ちこまれていたりするとか……諜報部経由でウチに情報が来て、正式に省から学園に視察が申し込まれました、でも」

「学園はそれを断った」

「はい。国内随一の魔法使い育成機関、そのOBOGには財政界、魔法界に大きな力を持つ人が沢山います……だから魔法学院自体が権力を手にしてしまった。国の査察が及ばないほどには。そこで」

「外の人間を調査に向かわせることになった。極秘に」

「……それもとびきり強い魔法使いを」


レーナは私をじっと見つめる。


「お願いします。情勢もそんなに良くない今、なにか学園に問題が起これば最悪近隣国との紛争に発展しかねません。先輩にしか頼めないんです……かつて魔法省屈指の魔法使いと呼ばれた、あなたにしか」


お願いします、と彼女は頭を下げる。


「大きな報酬も、大きな名誉も約束します。だからどうか……」

「興味ない」

「はい?」

「帰って。そういうのいいから。十分やっていけてるし、名誉なんていらない」


私は深く椅子に腰かけて、窓の外を眺めやる。

大きな雲から落ちる影が、緑の大地を黒く覆う。


「私はね、そういうの疲れちゃったの。だからさ、独りにしておいてよ」

「……でも」

「いいから、帰った帰った」


手を引っ張って立たせ、彼女の背中をぐいぐいと押してドアへと向かわせる。


「でも!」

「別の人探してよ。強い人なんていっぱいいるでしょ?」

「アシュリーさんの子供が、そこにいるんです」


私の動きが止まる。

いつの間にか灰色になった空から、雨が降り始める。

遠くからごお、と雷鳴がする。


「……アシュリー」


噛みしめるように私は呟く。

新品の制服を両手に抱えたレーナはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「アシュリーさんの娘さん、カーリンちゃんって言って今学院の3年生です。そして昨日……行方不明になりました」


私はレーナの肩を掴む。


「詳しく教えて」

「あの……」

「教えて!!」

「……痛いです。先輩」


掴む手を緩める。


「ごめん」

「寮に帰ってこなくて、教師たちが探したけど学園の何処にもいない。でも警察には届け出が出されなくて……」

「あのクソ学園が!!!」


飛び出そうとした私の手をレーナが掴む。


「待ってください。作戦が」

「信じられるか! お前たちなんか!!!」


その手を振りほどいて私は小屋を飛び出して走った。

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