第26話

「とにかく、俺は外の魔族を殲滅してくるとしよう。サーシア、リッカの側にいてやってくれんか」


「も、もちろん!」


 サーシアが力強く返事をすると、ラルドは床に落ちていたハルバディオンを拾い上げて、柄を激しくしごいた。久しぶりの激闘。戦士の血が滾ってきているようである。


 戦斧を構え、大股で部屋の外へ向かう。それと同時に、すれ違い様に一つの影が飛び込んできた。血の匂いに誘われた、人型魔族である。


「――しまった!」


 反応できなかったラルドは、みすみす魔族の侵入を許した。慌てて踵を返すが、一目散にリッカ目掛けて走る魔族には追いつけない。


 大口から涎を垂れながす魔族からリッカを庇うように、サーシアは身体を前面に押し出した。だが、華奢な身体は簡単に払いのけられ、脆弱な障害は排除された。


 リッカもなんとか動こうとするが、血を流しすぎたか、身体がふらついて言うことを聞かなかった。


 死ぬ。リッカとラルドの脳内に、その言葉が浮かび上がる。諦めたわけではないが、それでも逃れられない呪縛のように、死の予感が纏わりつく。


 どうすることもできない。


 そんな思いを払拭させたのは、金色の髪を煌めかせて、爪が突き刺さるほどに強く両手を握り締めている女だった。彼女の結ばれた両手が淡い緑色の光を放ち、その輝きは徐々に強さを増していく。


 なんだ。と、二人が思うよりも早く、サーシアは両の掌をリッカに向けた。手に纏っていた緑色の光は解き放たれ、掌の向く方向、リッカの身体へと吸い込まれていく。緑色の光に包まれたリッカの身体は、みるみるうちに傷跡が塞がれ血も止まり、折れ曲がっていたはずの右腕は、正常な形を取り戻していった。


 動くようになった右手を床に着け、飛び跳ねる。間一髪のところで魔族の口撃を躱し、魔族の背後からは巨大な戦斧が振り落とされた。潰された虫のように身体をびくつかせた後、魔族はけたたましい叫びをあげて絶命した。


「身体の痛みが消えてる。もしかして、これは――」


「はあはあ、すごい疲労感。でも、リッカが無事でよかった」


「驚いたぞ。まさか、癒しの魔法が使えたとは」

 

 ラルドの言葉に、サーシアは首を横に振る。


「今初めて、使えたの。リッカを救いたいって、心の底から願ったら身体の奥が熱くなって。まるで導かれているみたいに、両手を合わせてリッカに向けていたの」


 両親が生涯をかけて行った研究。癒しの魔法。それは、彼等が命を落とすまで、ついに成功することはなかった。


 だが。誰も知らないところで、その魂は色濃く受け継がれていた。二人の想いが混ざり合い、産まれた愛の結晶。どんな魔法よりも二人に癒しを与えてくれるその存在は、親のみならず、無数の者たちを癒す素質を持っていた。


「ねえ、見てくれた? 二人の研究は、無駄じゃなかったよ。ちゃんと、救えたよ」

 

 父親の机に置かれた写真たて。そこに映る写真には、三つの笑顔を見せる家族が映っている。サーシアは、家族を失った日以来の、心からの笑顔を写真に向けた。


「ありがとう、サーシア。助かったよ」


「リッカのおかげだよ。リッカが、私を深淵の闇から引きずり上げてくれた」


 心地よい笑声が響く。戦斧を構えている大男は、甘い空間が広がりつつある部屋の中で、一つ大きく咳払いをした。


「リッカが助かったことは良かったが、まだ終わっていないぞ。気を緩めるな」


「ああ、分かってる。外の魔族を倒しに行こう。サーシア、どこか剣が置いてある場所はない?」


「それなら、向かいの雑貨屋さんにあると思う」


 二人の男は顔を見合わせて頷き合った。ラルドが「すぐに戻ってくる」と一言告げると、二人は背を向けて走り出した。


 まだ夜は明けていない。闇夜の中に飛び込んでいく二人の姿は、それでもはっきりと映し出されていて、彼等自身が光を放っているかのようである。


 出会ったばかりの二人の男。彼らが何を目的として旅をしているかは知らない。もしかしたら、とても悪い男たちなのかも。


 そんなことを思って、小さく笑声を零した。


 見ず知らずの女のために命を懸けて闘っている者たちが悪いというのなら、この世に生きる人の大多数は悪い人間になってしまう。


 まあ、どうでもいいことだ。


 サーシアはすっくと立ちあがる。暗く鈍った瞳は色を取り戻し、光を放っていた。


 足が微動する。どうやら、癒しの魔法を使うことは、かなりの疲労を伴うらしい。


 でもきっと。闘っている彼らの方が、疲れ傷つくだろう。だから、帰って来た時に少しでも癒してあげることが出来るのなら、何時までも座っているわけにはいかない。


 大好きな両親の想いを。その人生を。尊ぶべきものであったと証明するためにも、前に進まなければいけない。


 都合の良い幻を見続けている暇などない。現実は、苦しく辛いものだと知った。だからこそ、癒しが必要なのだ。


 両親から授けられたこの魔法と、温かい心で。現実から目を背けた人たちを、癒したい。


「私も、旅に出よう」


 決心したサーシアは、まず手始めにやることを決めた。それは。彼らの旅の目的を聞くことである。

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魔神封印記 資山 将花 @pokonosuke

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