2-12 オコジョの現実

 かーちゃんが言ってたな――オオワシしょ長は、明るい時に元気なチューコーセイの部下と暗い時に元気なヤコーセイの部下に分けて見回りをさせて、悪いことが起こらないようにしてるって。

 いきなりよばれたのはびっくりしたけど、オレをだっこしてとんで運んでくれたライチョウは真っ白なむねの羽がフワフワだったし、近くをとんでた茶色いハヤブサもイケメンでかっこよかった。いつもは空をとんでるすがたを見上げるだけで、話したことも、こんなに近くで見たこともなかった。前のトリがはばたくと下から風がふいてきたのも、フシギだった。


 他にも、すごく頭がいいって聞いたことある、かみも服も真っ黒なカラスや、たまに「火の用心」とか「戸じまりかくにん」で「ウラ」まで見回りしているカルガモもいた。きっと、大人だってこんなに色んなトリと会ったことはない。サインとかもらったら、みんなにジマンできるかな――


 のんびり歩くライチョウはオコジョの手をやさしく引き、たまに顔だけふり返って目を合わせてはやわらかくわらう。まるで、ずっと前に見たカンリキョクのねーちゃんみたいだ。「聞いていたほどこわくない」ケイサツカンへの安心感と、これから何が起こるのかとドキドキする気持ちでソワソワした。かーちゃんがいなくて良かった。きっと「落ち着きなさい!」っておこってきただろう。

 その前に、ユーカイされかけたのも何か言われそう。「もうオニゴッコするな!」とか言われたらイヤだな。もしもの時は、にーちゃんたちに助けてもらえば良いんだ。それに、次はオレだけで悪いヤツをやっつけてやるもんね。


 ん、この部屋に入るのか。

 ここまでの通路も真っ白だったけど、この部屋も真っ白だ。テーブルがひとつと、イスがふたつ。何の部屋なんだろう。うちみたいに土だらけじゃないから、キレイにそうじしてんのかな。行ったことないけど、学校もこんな感じなのかな。今度、イヌのにーちゃんに聞いてみよう。


「ここへおすわり」ライチョウが手前のイスを引く。

 オコジョはかーちゃんの言いつけを思いえがきながら「おギョウギ良く」したがった。


 向かいがわにドスンとトリがすわる。ライチョウはとなりに立ったまま。対面したのは、オオワシだった。

 と、ライチョウが少し頭を下げて、何も言わずに部屋を出て行く。

 行っちゃうの? 声にはしなかったが、心細さを感じて、しめられたドアをしばらく見つめてしまった。


「お前はウラのこどもだな。名前は?」急にオオワシが話し始める。


 オコジョは前へ向き直った。「オコジョです」キンチョウした。耳が立つ。


「ウラで生まれたのか」

「うん」


「ウラのどこに住んでいる。家族コウセイは?」オオワシはどっしりとウデを組んだ体せいでしゃべった。

 問われるまま、オコジョは住んでいる家の場所を具体てきに答える。それから「家族コウセイ」の意味を聞いて、今はかーちゃんと自分の2人でくらしていること、とーちゃんは前にウワキをして家を追い出されたことを話した。


 とーちゃんのことは気にならなかったみたいで、オオワシはつづける。「さらわれた時のじょうきょうを教えてくれ」


 さっきみんなで話したのに。変なの。

「ネコのねーちゃんとイヌのにーちゃんと、ウラでオニゴッコして遊んでたんです。オレ、みんなより足が速いから、1人で遠くまで逃げたんだ。そしたら、ユーカイされそうになっちゃった」

 話していると中で「あれ、この話って、にーちゃんたちがこまるかな?」と気づいたが、トキスデニオソシ。みんな話しちゃった。ごめん、にーちゃんたち。


「1人でにげていたお前がさらわれたと、どうして他のこどもは気づいた?」

「えっと、オレの声をウサギが聞いたって、イヌのにーちゃんが言ってました」

 オオワシしょ長は「オモテ」の子が「ウラ」にいたことは怒ってないみたいだ。良かったな、にーちゃんたち。


「ウサギか」オオワシは手で目元を覆い、何かなやむようなポーズをする。「ウサギは、ユウカイハンの声も、聞いたのか」

 オコジョは少し「うーん」と考えてから答えた。「ニンゲンの声も聞こえてたんじゃないかな。アイツ、すっげー耳がいいし」


「……もう一度聞く。ニンゲンに、さらわれたんだな」オオワシは顔に手をあてたまま。そのため目は見えない。口元は怒っているような形だ。


 オコジョはもっとキンチョウする。「はい。黒いヤツの中にひっぱられて……あ、イヌのにーちゃんが、クルマって言ってた!」


「……本当に、ニンゲンなんだな」


「……うん」しょ長は、何を気にしているのだろう。「でも、オレ、めちゃくちゃにあばれて、ガラスに飛び込んだら外に出れたんだ!」


「ニンゲンは何人で、どのようなヨウシだった?」


「えっと、2人です!」また「ヨウシ」の意味が「スガタや形のことだ」と教えてもらってから答える。「1人はオレをひっぱったやつで、体がデカかった! でも、オレの方が強かったね!」


「もう1人は? ウンテンセキにいた奴だ」


 ウンテンセキって何だ?


「うーん……あんま見てないけど、デカいヤツよりは弱そうだった!」


「イヌは、ホソオモテで目つきがするどかった、と言っていた」


 ホソオモテって何だ?


にーちゃんが言ってたなら、そうだと思う……あっ!」


 そうだ、思い出した!


「オレ、ネコのねーちゃんから逃げた時に、そのクルマってやつを見つけて、『何だこれ?』って思って、のぞいたんだ。黒くて、デカくて、かっこよかったから! そしたら、急にバッて開いて、鼻をぶたれて、転んだんだけど、その時、中にいるソイツを見た! やっぱりデカいヤツよりもウデもアシも細くて、顔も目も細かった! これって、にーちゃんの言った通りかな」


 あふれ出てくるままキオクをしゃべったら、その時にムカついたこととイタかったことも思い出す。チリョウもまだのケガがジンジンしてきた。早く終わらないかな。


 「ふむ」と言ったオオワシは顔から手を外して、ウデを組んで上を向いた。目をつむって5秒ぐらいゆっくりシンコキューした後、顔を下に向けて、また右手を目元にあてて、何か考えてるみたいにした。と思ったら、さっきより長く息をはく。ため息? イヤなことがあったの?


「……しょ長?」

 「もう帰りたい」と言おうとした時、


「よく、覚えているんだな」低い声。

 たぶん、ほめられたんじゃない、こわい言い方だった。


 顔を上げたモウキンルイは、オレを食べようとするような目をしていた。

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