2-11 オコジョの理想

 オコジョの救出から間もなく、警察署長のオオワシが部下を引き連れて到来した。裏の住民の通報を受けて、文字通り飛んできたのだ。特区ズーはヒトの運営する管理局の管理下にあり食料や衣料品の配給を受けているが、日頃のケンカや困りごとへの対応を中心とした治安維持は、動物人アニマンで構成される警察が担っている。オオワシは、その警察組織のリーダーである。

 彼は大地を踏みつけるように音を立てて着地すると、動物人アニマンの子供を何人も包み込んでしまいそうな大きな翼を畳みながら一同を見回す。オオワシの四肢はヒトに比べ極端に長くも太くもなく、身長も170センチメートルほどと決して大柄ではない――むしろ全体の線を見れば細身にさえ見える。しかし筋肉質な脚と力のある目つき、そして何より肩から腕までの広範囲から生える巨大な翼がかの動物人アニマンの強さと偉大さを一目で理解させた。


 ただし今この瞬間、子供にとって「大きくて恐い」オオワシの目は、野生の猛きん類がするように獲物を選んでいる訳ではない。

「オオワシ署長!」クマが声を掛けた。眼光鋭い視線にひるんでいる様子はない。流石が中学一番の力持ちだ。

「クマ」オオワシは彼を見るや、目をキッと細めた。「こんな所で何をしている」声は低いがハキハキしたしゃべり方。その特徴ゆえに、言葉に怒りや非難の感情が含まれているとすぐにわかる。


「あ、えっと……」いきなり指摘されるとは思っていなかったのか、クマはしどろもどろになる。

 オコジョ救出に必死になっていたが、ここは「裏」であり、「表」の子供たちは、「裏」へは行かないよう教育を受けていた。

 明海あけみは助け船を出そうにも好都合な言葉は思いつかず、むしろ自身にも矛先が向く可能性に気づいて思考が止まってしまった。


 その時、

「誘拐があったと聞いて、駆けつけてくれたんだッチ!」ネズミがオオワシとクマの間に割って入る。「オコジョがさらわれて、ウサギが『表』まで助けを呼んでくれたんだ。それで、クマが来てくれた。イヌやネコも、そうだッチ!」

 さも真実そうに滑らかにしゃべっているが、小柄な少女は声を震わせ、両手でシャツを握り締めていた。


 オオワシは彼女の首元を見て「ふん」と鼻を鳴らすと、「そうなのか?」とクマに尋ねる。

「はい! そうです!」頼もしい体くの少年は姿勢を正して素早く答えた。

 その傍らのウサギも、まるで耳がうなずいているみたいに肯定する。動物としての天敵を目前にしているだけに、声を出すのは無理そうだ。


「お、オオワシしょ長!」今度は緊張に満ちた固い声が響く。オコジョだった。「来てくれて、ありがとうございます! 大体のことは、ネズミが話してくれた通りです。俺は黒い乗り物に乗ったヒトにさらわれたんだけど、もう大丈夫! イヌのにーちゃんや……ネズミが、助けてくれたんだ!」

 全身血まみれで自信満々に「もう大丈夫!」と言う姿はおかしく思えたが、この幼い動物人アニマンもクマやイヌの窮状とネズミの意図も察して助太刀してくれたようだ。


 明海あけみも心を決める。「僕、ヒトと、車の特徴を覚えています! 説明するので、探して、逮捕してください!」勢いに任せて訴えた。空の王者の目が攻撃的な視線をこちらに向ける。息の止まる思いがした。「くぅん」と耳を下げて頭を低くしたくなる。お腹を見せた方が良いなら、迷わずそうするぐらいだった。


 どこか相手を探るような目でイヌをにらんだ後、オオワシは「誘拐犯について話してみろ」と重々しく告げる。

 イヌは得体の知れない緊張感の中で、目撃した黒い車の情報と、ガラス越しに対じした男の特徴を話した。イヌが一言話す度にオコジョら「裏」の子供も役に立ちたいのか「俺も見た!」だの「俺にはこう見えた!」だのと口を挟んだため、なかなか話が進まなかった。その間、署長はまとまりのない情報の雨を耐え忍ぶように腕を組んで、ジッと子供たちの言葉へ耳を傾けていた。


 あらかたの聞き取りを終えた署長は「署で情報を整理した後、管理局と連携し誘拐犯の捜索、警戒態勢を敷くぞ!」と部下へ大声で指示する。周囲で大人らが「おぉ!」と感心そうな声を上げた。

 明海あけみはリーダーの指示に「悠長ではないか」と思ったが、きっと大人の方が正しいと考え口答えは控えておく。チラッと友人らを見ると、チーター、クマ、ネコは大人と同様の顔をしている一方、ネズミはイヌと同じ意見なのか不思議そうな顔をしていた。当事者であるオコジョは、今になって疲れが出ているのかぼんやりとしている。フクロウはウトウトし、ウサギが彼女を支えてやっていた。体はウサギの方が小さいのに、お姉さんみたいだ。


「オオワシさんが言うなら、もう大丈夫だ!」大人の誰かが言うと、他の大人も「もう暗くなるし、帰ろう」と子供へ帰宅を促す。

「お前は、連れて行く」とオオワシ。発言の相手は傷だらけのオコジョだ。男児は自分が呼ばれたことの確認として自身を指差し、相手が黙ってうなずいたのを確かめると「は、はい!」と慌てて警察一行の集まりへ駆けていく。


 ケガをしているから、病院にでも連れて行くのだろうか。

 自分たちから離れようとする背中へ、ネズミがためらいがちに手をのばした。何か声を掛けようとしたようだが、オオワシのひとにらみを浴びて中止してしまう。猛きん類の視線から逃げるように下を向き、両手でシャツの裾を握り締めた。


 明海あけみが再び警察の方を見ると、振り返ったオコジョと目が合った。オオワシの部下に片手を引かれる彼はニコニコ笑って、空いている方の手を大きく振る。


 一時はどうなるかと思ったが、オコジョを守ることができて本当に良かった。

 “こう”することができる幸せを感じながら、明海あけみは手を振り返す。

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