2-7 ヒトの理想
何度経験を重ねても、これはどうにも慣れない。本心をごまかすようにタバコをくわえ、火をつけた。
まずは一口、ゆっくり吸い込む。口と鼻が煙で満ちる。有害物質が脳へ回れば、次は有益な事象だ。喫煙で「うまい」と思ったことは一度もないが、集中力が高まるのは確かである。
狭い車のルーフに向かって、煙と雑念を吐き出した。
透き通った思考の中で、すべきことを考える。
厚生労働省の職員である彼には、果たさなければならない使命があった。
厚生労働省は、国民生活の保障・向上と経済の発展を目的として社会保障や労働環境、人材育成を担う組織である。働き方の多様化や労働環境の是正が叫ばれる中、生活保護制度と外国人技能実習制度の両方を管轄するこの組織は、更に「
この背景には、
しかし
こうしたう余曲折もありつつ、
この国は、
ところが、黄金のような期待に水を差す問題が発生した。
ハンドルの十二時の位置に両手を置き、腕の間へ額を沈ませた。
「くそ」
そんな発声だけでは、暗たんとした気持ちまでは放出できない。
と、そこへ、
「おい、来たぞ」後部座席から呼び掛けが。
ルームミラーで車内をうかがうと、管理局の同僚である
そんな新鮮で楽しい時間なら、どれほど良かったことか……。
――否、成功体験にするのだ。
これ以上、転げ落ちる訳にはいかない。
車の前方から、小学一年生ぐらいの外見の男子が駆けてくる。何かから逃げているらしい。鬼ごっこか隠れんぼでもしているのだろうか。
自分たちが乗り込んでいる黒塗りのセンチュリーも当然、
だから、幼い子供は道端に停車している車に近づく。
未知の物に対して、恐怖心よりも興味が勝るから。
「なんだ、これ」と顔に書いたようなほうけたアホ面が首をかしげた。
髪をかき分けて生える茶色の丸耳は、仮装ではなく本物。
……考えてみれば、こんな場所に人間の子供なんかいるはずがないか。
必要な確認は済んだ。
「狩り」を始める。
獲物が車の運転席をのぞき込もうとしたところで、
数秒前のバカ面が、今は泣き顔で鼻血を噴き出している。何が起こっているのか理解できていないのだろう。
筋骨隆々とした
その様子を見届けると、
日頃のニュースでは野生動物を相手に人間がなす術なく命を奪われる事例も報じられるが、現実では、ほとんどの場合、ヒトが、造作もなく、動物を殺めているのだ。
生殺与奪を握った俺たちが、
霊長目ヒト科の生物が、
どうして、
お前らなんかに振り回されなければならない。
後は、コイツを目的地に運ぶだけ――
ドンと音が鳴る。振動が伝わってきた。
スライドドアが閉じられた音ではない。
車が何度も揺らされた。
おい――
「おい、暴れるな!」
「離せ! 離せよ! このぉ!」
ウソだろう――
人目はない。
ターゲットは子供だ。
しかも不意打ちでひるませた。
今までの中でも、最も順調だったのに。
どうして!
「くそ!」
ようやくドアが閉じられる。
その直前、
「誰か! 助けてー!」獲物が叫んだ。
あにまる☆すとらいく むささび @musasabi1000
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