第2話 理想と現実

2-1 イヌの理想

「イヌくん、転んで怪我をしちゃったの? 診てあげるから、そこへ座って。

 あらあら、おでこ、すりむいちゃって、かわいそう。

 たんこぶはできてない? どうかな」


 ウシ先生がイスから立ち上がり、僕の髪をかき分けて頭を探る。

 怪我をマジマジと見られるのは恥ずかしかったが、目の前まで大きな胸が近づく方がドキドキした。格好は普段と同じブラウスに白衣を羽織ったものだが、どうして胸元までボタンを外しているのだろうか。


 そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ――そうだ、鬼ごっこをしていたんだ。ネコを追って建物の屋根から屋根へ飛び移ろうとしたら、飛距離が足らず転げ落ちてしまった。

 クマに抱えられて保健室に連れてきてもらって……あれ? 街の中にある病院じゃなくて、わざわざ学校の保健室?


「ひゃん!」

 耳がチクッとした。ウシ先生、何したの!?


「可愛いお耳に怪我がないか、じっくり調べなきゃね」

 耳にかかる先生の吐息。

 更に近づく白い肌。

 良い匂い。


 ジッとしなければ。違うことを考えよう。

 「給食のミルクはウシ先生が出してる」と聞いたことがある。

 本当かな? 聞いても良いのかな。


「動いちゃダーメ。良い子にしなさい」

 先生が声を低くする。

 そんな風にささやかれては、ゾクゾクしてしまう。


「元気出せッチ」

 耳の中に、息が。

 チ?


「笑ったな。ここ、気持ち良いのか?」

 先生……!


「あーん」

 先生―!


「チュ」

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