ある人物の認識

 希少種である動物アニマンは、今、私のいる特区ズーに続々と集められている。

 この国はとても小さいが、分子生物学の研究が盛んであり、また国家予算を充当するにも動物アニマンという「行き場のない難民」を保護することは、国民の同意を容易く得られる建前であった。今、企業も研究機関もこぞって動物アニマン研究に参入し始めている。国費の注がれる分野に人材が集まることは、この国の歴史を見ても自然な変化だ。


 手狭な土地であることは、「管理し易い」というメリットにもつながっていた。ケニアやアメリカなど広大な動物保護区を有する国々もその多彩な知識と豊富な経験から動物アニマン管理特区の候補地であったが、小数の個体を確実に管理するにあたり「他国に比べ犯罪の絶対数が少ない」という日本にほんの特徴も評価されていた。規律を重んじ、禁忌にはおいそれと手を出さない国民性も判断に寄与した。

 特区ズーへの人間の出入りは管理局員に限られており、厳重な警備によって密猟者が簡単に侵入できない地域となっている。


 また特区ズーの市政は動物人アニマンが担っており、人間は初めにノウハウや手続きの方法をレクチャーした後は、彼らから日々の報告を受け、必要に応じて指示を与えるだけとなっている。動物人アニマンの一部にはケモノの本能が強く出る個体がいるものの、大半は動物の能力と人間としての知性を併せ持った有能な存在なのだ。


 動物人アニマンは、この島国で仕組み上の平和な暮らしを獲得した。確保された税金と土地、豊富な水、そして安全で高品質な食料によって生活基盤を支えられ、ささやかでも幸せな生涯を送っているようだ。

 中には自身に恵まれた動物の力を自主的に利活用し、身近な同族や特区ズーの課題を解決しようとする動きもあるらしい。心理的安全性が得られると他者への献身にも気が回るのは、人間としての本能かも知れない。

 それぞれの境遇を抱える彼らなりに、自立した助け合う社会を作ろうとしているのだ。


 しかし人類が彼らに望んでいるのは、自立ではない。ましてや社会貢献など期待もしていない。

 実験動物として管理されていれば良い。人間と動物人アニマンの協同体である管理局が必要経費を計上し、必要な実験を必要なだけする。それだけだ。

 合法的に大金と成果を生み出す特区ズーの特性を、人間は理解し、利用していた。あるいは、これが目的で特区ズーを創設した可能性まである。現に、この分野では警察の捜査が到底追い付かないほどマネーロンダリングやペーパーカンパニー設立の事例が後を絶たない。そういうものだった。


 彼ら自身にも、常に人間のエゴと欲望の魔の手が忍び寄っていた。

 それは時に、無慈悲な形で動物人アニマンを手に掛ける。

 犠牲となるのはいつも、無知でムクな子供であった。

 日本にほんという国に寄せられた「動物人アニマンが平和に暮らせるように」という祈りは、悪人によって八つ裂きにされる。


 悪事、隠しごと、つじつま合わせ――

 動物に暴力的な本能があるように、悪意もまた人間の本能なのかも知れない。

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