1-6 裏の歴史

 お前たちは、外の世界のことを覚えているか? 家族や親戚、友達のことは覚えているかも知れんな。わしは、子供の頃のことはもう覚えとらんよ。ほっほっほ。

 では、自分が動物人アニマンであると知った時は、どうかの。どのような状況で、どうしてわかった? その時、どう思った? それは、何故じゃ?


 それぞれの思い出があるはずじゃ。うれしかった場合もあれば、とてつもなく悲しかった場合もある。それぞれじゃ。

 ん? そうかそうか、ネコは、「最悪」じゃったか。フクロウは、どうだったかね。……ん? もう一度、頼む。……すまん、もうちょっと――おぉ、ありがとうな、アケミ、そうか「悲しかった」か。


 探せばきっと、二匹と似た思いをした者もいよう。逆に「最高だった」とかもあるだろう。何せ、動物人アニマンとしての特徴を持つということは、「人間よりも優れている」ということだからな。力が強かったり、空を飛べたり。

 とにかく、動物人アニマンであることは、誇らしいことなのだ。選ばれし者と言って良い、素晴らしいことなのだ。


 しかし最近は、動物人アニマンであることを隠す傾向が強くなっている。日本にほんの中でも、外国でも。

 理由は、「ヒトではない」と判断されることが、「普通には生きていけなくなる」ことと直結するからじゃ。


 お前たちも知る通り、動物人アニマンは研究対象じゃ。生体も細胞も遺伝子も、死体だって調べてわかることがある。……チーター、そんな顔をしても、事実は事実なんじゃ。お前は特に動物人アニマンであることに誇りを持っているから、嫌な気持ちになるのもわかるがの。

 そして、研究成果を得ようとする者は、サンプル――すなわち動物人アニマンを得るのに金を惜しまない。悪い奴は、動物人アニマンを捕まえたり、増やしたりして、研究者に売りつけて金にする。


 どうした、ネズミ……あぁ、金とは、特区ここで言う「おこづかい」のことじゃ。特区ズーでは食事や日用品の配給の他に、管理局から定期的に配られる「おこづかい」でお菓子とか好きな物を買うが、人間たちは金で生活のすべてをやりくりする。そう、金がないとごはんを食べられないし、家もなくなるぞ。道端で倒れたって、誰も助けてはくれない。そういうものなのだ。


 だから、特区ズーの外では、金を得るためなら手段を選ばない者もいる。そやつらが、動物人アニマンを金にしようと、大きな組織を作って活動し始めているのじゃ。

 人間の世界では、生きるための金を得られない者がたくさんいる。そのような者らを末端として、悪いことを考える奴らが、動物人アニマンを探し、捕まえ、売る。生きている方が望ましいが、死んでも構わない。死んでいても金になるとなれば、「とりあえず金が欲しい」という者にとっては、動物人アニマンの子供を殺して運ぶのが楽になる訳じゃ。


 ん? ……おぉ、クマの言う通り、守ろうとしてくれる者はいる。保護団体がな。

 だが人間の世界は法律を守らなければならない。

 法律というものは難しい。法律はまだ、動物人アニマンが人間かケモノか、判断できずにいる。

 人間と見なせば、一方的に殺すことは疑いようのない罪じゃ。


 だがケモノとなれば、議論が必要になる。

 田畑を荒らす害ジュウは、ヒトの財産を守るために駆除される。今まさにヒトを襲っている動物は、その場で殺される。「何故ヒトを襲ったのか」という理由に関わらず、ヒトの命を守るために殺す。人間の世界で、それは罪ではないのじゃ。人間のルールは、ヒトの命と財産を守るためのものだからな。


 では、動物人アニマンを人間と簡単に見なせない理由は何か?

 それはすなわち、動物人アニマンの中には、暴走した時に、手がつけられない者もいるからじゃ。


 ユウヤ、お前は誰よりも力持ちで、人間を簡単に殺すこともできるじゃろう。無論、優しいお前がそんなことをするはずがない。何も言わずともイスを用意してくれるようなお前だからな。だが動物人アニマンの中には――あるいは、動物人アニマンとしての特徴の一つとして――すぐに激情し、力任せに人間を襲う者もいる。これは、過去に事例のある、事実じゃ。


 その時、大暴れしているのがケモノであれば即座に殺して安全確保できる。が、人間だとそうはいかない。特に日本にほんでは、明らかな危険人物がいても、そやつを傷つけても良いことにはならない。細かいことは省くが、そういうものなのじゃ。

 動物人アニマンが暴走した際の人命救助。そのために、議論が停滞しているのが法整備の現状じゃ。


 そして、そこにつけ込んで、悪い奴らは、動物人アニマンを売買している。困ったものじゃの。

 ……うむ、アケミの言う通り、急いで結論を出してほしいが、動物人アニマンを人間扱いすると研究の手段や手続きをどうするとか、税金や保険はどうなるとか、既得権益がどうとか、話を発散させている内に国会が解散総選挙とかいうのをして振り出しに戻るそうじゃ。……こんなことがどうして優先されるかなんて、わしも知らんよ。いつか、政治家に聞いておくれ。


 話を戻すぞ。ともすれば「動物人アニマンだとわかったらすぐ特区ズーへ行こう」となりそうじゃが、そうもいかん。

 特区ズー動物人アニマンしか住めない。これは、特区ズーの住民は日本にほんの税金で暮らしているためじゃ。「動物人アニマンの家族も暮らせる」となれば、金を必要としない暮らしをしたい連中があの手この手で付いてこようとするらしい。これについては、税金を納めている人間が怒るから、動物人アニマンに限定しているようじゃな。


 人間が労働の義務を果たして生活する中、動物人アニマンが働かなくて良いのは、研究に協力しているからじゃ。

 知っておるか? 今まさにここで暮らしている住民のことは、特区ズーの外には内緒にしているそうじゃ。そりゃ、研究に協力しない奴まで血税で面倒を見ていると知られれば、人間が怒るに違いないからの。これは憶測じゃが、特区ズーの自治体がのにも、こうした隠しごとが関係しているかもな。難しいもんじゃの。


 おっと、また話が逸れてしまったな。特区ズーには動物人アニマン本人しか入れない。

 家族にとっては、肉親を研究材料として明け渡すことになる。嫌じゃな。一緒に暮らしてきて、これからも一緒のはずだったのに。多くの場合、本人も家族や友達と離れるのを嫌がる。実は、将来の夢だって奪われている。想像できないかも知れんが、将来を奪われるということは、とても重大なことなんじゃぞ。


 現実として、動物人アニマンであることがバレると、悪人に狙われ、人間としての生涯も終わることになる。だから、動物人アニマンであることを隠す習慣が浸透しつつあるのじゃ。

 ……ん? そうかそうか、ネコもそうだったのか。おやフクロウも? ほうほう。あ、いや、フクロウの鳴き声じゃないぞ。驚いていたんじゃ、ほっほっほ。

 動物人アニマンであることを隠すこと自体は今に始まったことではない。それぞれの家庭事情がある。


 覚えておるか? お前らは人間だった。

 イヌはアケミ、クマはユウヤ。チーターは……そうだな、お前にとっては、チーターがだったな。それも良かろう。フクロウはシズカか。静かなシズカ、なんつっての! ……コホン。ネコは、チヒロじゃったか……あ、違ったか、ええと……なに、名前なんて忘れた? ふむ、思い出せないか……何を怒っとるんじゃ。嫌なら無理に思い出せとは言わんよ。ネズミは……おや、お前がチヒロじゃったか、失敬、失敬。


 これからも世界中の動物人アニマンが、それぞれの事情をたった一人で抱え込んで、ここへやって来る。

 わしはお前たちに、大人の押し付ける理想ではなく、現実を知って、考えて行動してほしい。

 だから、外を回って情報を集めては、特区ズー、話をしている。


 警備の目をかいくぐるの、大変なんじゃぞ。ほっほっほ。

 わしも頑張っているから、お前らは、将来 動物人アニマンはどうあるべきか、考えてみておくれ。

 そして、すべきことを、しておくれ。


 おっと、もうこんな時間か。

 今日はここまで。

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