1-5 裏の友達

「ツバメじいさん!」

 目当ての人物は、裏通りの更に奥まった場所にいた。声を掛けたのはチーターだ。

 ツバメは年老いた動物人アニマンであり、シワの多い色白の顔にはヒゲをたくわえている。若い頃は髪もヒゲも黒かったそうだが、今は頭全体が真っ白だ。羽もほとんど抜けて腕に数本残っているだけらしい。灰色のポロシャツと裾の破けたスラックスは、ところどころ土で汚れている。


「来たな、小僧ども」地べたに座り壁に背を預けていたツバメは、しゃがれ声と共に、手元に放った杖を手に取った。「よっこらせ」


「ツバメー! 久し振りだなー!」ネコが大きく手を振りながら元気に挨拶する。

「おぉ、お前は、チヒロだったかね」

「チヒロって誰だよぅ! アタシはネコだぞ!」

「おや、そうだったか」


「ツバメじいさん、久し振り」明海あけみも挨拶した。「明海あけみです」

「アケミか! また外の話を聞きに来たのかね」

「はい!」


「俺にも面白い話を聞かせてください」クマが風貌に似合わぬ礼儀正しさで言う。

「ユウヤ! お前さん、またデカくなったか!」

「もっとデッカくなって、みんなを守ってみせますよ!」 

「ほっほっほ! それは楽しみじゃの!」


「ツバメじいさん」チーターが遮った。「世間話ばかりしていると、また時間がなくなりますよ」

「おっと、そうだな! ええと、今日は何の話をしようかの」

 急かすほど楽しみにしていたのだろうか。


特区ズーの外の話!」明海あけみは真っ先に手を挙げる。「あと、ネコに勝つ方法!」

「なんだよ、それ! ツバメ! アタシに勝つ方法は駄目だぞ!」

「ネコに勝つには、キュウリか、マタタビとか――」

「駄目だってばー!」


「チチィ! ちょーうるさいと思ったら、『表』の連中がたむろしてやがるッチィ!」

 急に背後から高い声が響く。

 イヌ耳でなくても聞こえるボリュームのそれに、一同釣られて振り返った。


 明海あけみは声の主を見て声を上げる。「ネズミ!」

「チチィ!」呼ばれた少女は再び鳴いて、細長い尻尾でクルリと輪を描いた。


 げっ歯目ネズミ科の動物人アニマンである彼女は、灰色掛かったショートカットの黒髪から丸い耳をのぞかせている。その小さな両手が灰褐色のロングティーシャツの裾をつかんだ。

ちょーうるさくて、昼寝できないッチィ!」


 明海あけみの喉元まで「もう夕方だよ」という言葉が出てきたが、相手が夜行性であるのを思い出して別の文章を口にする。「起こしちゃって、ごめんね。ネズミの家、この辺りなの?」

「巣の場所は内緒だッチ!」ネズミは意地悪な顔で即答した。大き目の前歯がこちらを威嚇するようにのぞく。

 何気ない質問だったが、自分たちが「表」の住人である以上、警戒心の強いネズミにとってはあくまで「よそ者」らしい。


「なぁなぁ、そんなことよりさー」ネコが口を挟む。「ネズミ、美味しそうになったか?」抑え切れずこぼれたような笑顔で、欠け耳をピョコピョコさせた。

 ネズミの顔が青ざめる。「お前、第一声で何を言い出すんだッチ!? 野蛮過ぎだ! チチィ!」


 こんな時に、怒っている相手に、何を言っているのか。

 学校に通っているネコよりもネズミの方が常識人に見える。


「とにかく! お前らうるさいから、どっか行っちまえッチ!」

 けたたましいほどの甲高い怒鳴り声が響いた刹那、

 上空から何かが襲来しネズミに覆い被さった。

「ぎゃー!!」ネズミがうるさく絶叫する。

 イヌは耳を塞いだ。目の前で大声は最悪だ。


「フクロウ!」飛来した影の正体を呼んだのは、ネコだ。「は済んだか!」

 フクロウはネズミの背中に乗ったまま、少し恥ずかしそうにコクリとうなずく。「飛んできた」


「なんで! 着地場所が! オイラの! 上なんだよぉ!」物申すネズミが上体を何度も振ってフクロウを振り払った。

 白い少女はバサバサとはばたいて着地する。

 と、小首を傾げ、つぶらな瞳でネズミを見上げた。

「ん……」考えるような間を置いてから、答えが紡がれる。「なんとなく、美味しそうだったから」


「おぉ~!」喜んだのはネコ。「やっぱ、そうだよなぁ! フクロウ、味のわかる女だな~!」

「チチィ~! お前ら、意気投合するな!」ネズミは絶望的な顔をして距離を取る。「お前ら、出禁できんだッチ!」


「いつまでもじゃれ合ってないで、話を聞くぞ!」しびれを切らしたチーターが割って入った。

「じゃれ合ってないッチ! 死活問題だッチ!」

「ネコ、いい加減にしないか!」矛先が変わる。

「チーター、悪かったよう。もうネズミには構わないようにするぞ!」

「言い方が気に入らないッチ~! ……っ!」


 猛じゅう上級生が無言でキバを剥いた。そのせいだろう、ネズミは大きく開いた口をキュッと引き結ぶ。

 イヌ耳がとても小さい「チュ~」という声を捉え、明海あけみは少し気の毒に思った。


「ほっほっほ」ツバメが愉快そうに笑う。「わしにとってはチーターが怒るのも懐かしいが、まぁ、時間もないし、外の話をしてやるかのう」

 いつの間にか、クマがどこからかイスを一脚持ってきた。気の回る大男だ。

「ユウヤ、ありがとうな。よっこらせっと」


 一同、ツバメを囲むように集まる。明海あけみは期待に胸を膨らませた。

 ネズミも興味があるのか輪に加わっている。


「ただ、今回の話は、あまり面白くないかも知れんな。

 だが現実だ、しっかり聞くんじゃぞ」

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