1-3 表の街

 ツバメはスズメ目ツバメ科ツバメ属に分類される鳥類であり、世界を旅する渡り鳥だ。春に日本にほんへ飛来した彼らは夏にかけて子育てをして過ごし、秋が近づくと自立した子供たちと共に東南アジアへ南下する。そして冬を越えると、再び日本へやって来る。

 数千キロメートルの距離を渡って国を行き来するこの鳥は、その目で多くの景色を見て、その耳で多くの情報を聞く小さな冒険者であった。


 そんな渡り鳥としての特徴を心に宿した動物人アニマンが、他ならぬツバメである。彼は外の世界の話を特区ズーの子供に聞かせ、楽しませる活動をしているそうだ。

 明海あけみは、過去に一度チーターに連れられツバメと会ったことがあった。その際、ツバメは特区ズーの外の話を聞かせてくれた。特区ズーには高い建物も工場も家電もあるが、人間が営む外の世界はもっと派手で、より便利なものであふれているらしい。


 明海あけみにとって、記憶も曖昧な元いた世界の話はとても興味をひかれるものだった。懐かしさと憧れ、そして「いつか帰りたい」という願いを胸に、今日もツバメの話を聞きに向かう。

 チーターとの待ち合わせ場所である噴水広場は特区ズーの一角に位置し、自宅から徒歩で十分ほどの距離だった。


 放課後、明海あけみは家にランドセルを放ると、棚から適当なお菓子を見繕って広場へ向かった。もうすぐ「おこづかい」がもらえるので、前に買った分の残りをみんなで食べよう。道中、次の「おこづかい」で何のお菓子を買おうか考えた。


「あれ?」

 広場に着くと意外な光景を目にし、そんな声を上げる。


「イヌー! 遅いぞぅ!」

 噴水の前でネコが手を振ってきた。彼女の家は明海あけみの家よりも噴水広場に近いため、ネコがいることは不自然ではない。「遅い」という理不尽な非難もひとまず置いておこう。


 意外だったのは、待っていたのがネコだけではない点だ。

 合流したところで順に見る。

 それから、その内の一人に質問した。

「フクロウもツバメに会いに行くの?」


 問を受けた、髪も肌も白い小柄な少女――フクロウが声はなしにうなずく。フクロウ目フクロウ科の中のミミズク種のように横に跳ねた髪が揺れた。彼女は声が小さいため「うん」と言っていた可能性もあるが、イヌの聴力で聞き取れないはずはないので発声自体なかったのだろう。

 フクロウは、腕から翼を広げて空を飛ぶことができた。更に夜目も利き、暗い中の探し物が大得意だ。学年は明海あけみより二つ下の三年生。年下だが明海あけみよりずっと動物人アニマンらしい生徒である。


「クッキー食べる? 家から持ってきたんだ」明海あけみは着ているパーカーのポケットから小袋に入ったクッキーを二枚取り出す。

「イヌー! 偉いぞぅ!」ネコは膨れっ面から一転大喜びで少年の手に飛び掛かる。

 一瞬、腕ごと捕食されると錯覚した明海あけみは慌ててクッキーを明け渡した。ネコは好物を前にすると我を忘れて「まっしぐら」になる。

 フクロウは首を横に振った。もちろん彼女は猛きん類のフクロウそのものではないため、肉以外も食べられる。単純にお腹が空いていないのだろう。


「んん~!」ネコが早速クッキーを頬張り、幸せそうな顔でうなった。「うまい!」

 大げさな気もするが、明海あけみは素直にうれしくなる。「良かった」


 次いで、彼女の喜びようの理由が明かされた。「お腹すいてたんだよなぁ! 待ってる間、フクロウちゃんが美味しそうに見えて仕方なかったんだよ!」

 明海あけみは寒気を覚える。ネコは食欲おう盛どころか暴走気味だ。


 フクロウがチョコチョコと明海あけみの背後に避難する。それからイヌ耳に声を届けようと、パーカーのフードに手を掛け健気に背伸びした。「さっきも、『最近、美味しそうになった?』て聞かれたの」

 なんてことを!

「ネコ! 絶対にフクロウを食べちゃ駄目だぞ!」

「わかってるよぅ! 冗談だよ冗談!」

「冗談に聞こえない!」


「おーい、お前ら」

 そこで掛けられた声が、やりとりを中断させる。

 チーターがやってきた。


「またじゃれ合ってたのか」

「じゃれ合ってないよ! がるる!」


「チーター! 遅いぞぅ!」ネコが挨拶代わりの文句を言う。

「悪いわるい」相手は言葉に反して苦笑を浮かべつつネコ、明海あけみと視線を移した。「フクロウは? ……お、そこにいたか」

 フクロウは明海あけみの背中からヒョッコリ顔だけのぞかせている。


 友人が腰に手をあてた。「これで揃ったな!」

 長身の彼の後方には、もっと大柄な動物人アニマンもいる。クマだ。


「クマも一緒か?」ネコが興味津々に耳を動かした。

「おう、面白い話が聞けるってチーターが言うから、来てみたんだ」低い声でクマが言う。

 彼は肌の黒い巨漢というフクロウと対称的な体の持ち主だ。その身に宿す動物の特性は、言うまでもなく食肉目クマ科。誰よりも力持ちで、だが意地悪は絶対にしない、明海あけみより二つ上の中学一年生の動物人アニマンである。


 動物人アニマンの学校は同じ敷地内に小学校と中学校が併設されており、合同で授業をすることもあった。

 学校一の運動神経であるチーターと学校一の力自慢であるクマは良きライバルである。チーターが「俺よりも鼻が利く」明海あけみと「俺よりもよく食う」ネコを紹介したことで、小学生である明海あけみらもクマと知り合うこととなった。ネコは「他にも良いとこあるだろぅ!」と怒っていた。

 とにかく、チーターは気の合いそうな動物人アニマン同士を見つけてつなげるのがうまい。


「クッキー食べる?」

「サンキュ!」

「ありがとな! 明海あけみ!」

 チーターとクマは勧められたクッキーを迷わず受け取った。想定ではネコ、チーターと自分の三人だったため、三枚しか持ってきていない。自分は我慢しよう。


「私も欲しい!」

「ネコは先に食べただろう! もうないよ!」


 「じゃれ合い」はほどほどにして、いざ、裏の街へ。

 チーターを筆頭に一行は細い路地へと入っていった。

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