第1話 表と裏

1-1 表の歴史

 人類最古の文明はメソポタミア文明とされている。研究によると、この頃に人類は農耕を始め、文字を使い、様々な生活様式や文化を生み出した。とある数学者の「自然数は神がつくった」という命題の真偽はさておき、その後、人は思考と計算を駆使し技術を開発することで生活を進化させていく。

 夢を現実にする発明、障壁を排除する兵器、通貨という概念――人間は他の動物とは一線を画す様相をもって独自の世界を形成・拡大し、自らを発端として地球環境をも変えた。産業革命が人々の生活水準を高める反面、化学物質の漏えいや倫理に反した実験が直接的あるいは間接的な要因となって、生物種の異常も発生する。


 やがてその影響は、人類自身にも及んだ。

 いつの頃からか、熊のような筋肉発達をする者や、チーターのような俊足の者、腕と一体化した翼を持つ者など、ホモ・サピエンスをりょうがする能力や、まったく異なる構造を持った人間が生まれるようになった。

 当事者と研究者が協力し遺伝子や肉体を徹底的に調査したが、原因解明に至った例はない。難航する研究とは裏腹に、世間への影響は「びっくり人間」や「天賦の才」という言葉でメディアとお茶の間をにぎわせるに留まった。


 何者かの陰謀、神の怒り、ギフテッド……様々な憶測が飛び交う中、科学は「人間以外の動物と一致ないしは類似の身体的特徴を有する人間」を動物人アニマンと定義し、本格的な研究を開始する。

 目的は二つ。先天異常や先天奇形として扱われる動物人アニマンの救済と、医療への応用である。前者のゴールは、すなわち動物人アニマンが生まれる原因究明および治療法確立である。一方、後者には明確なゴールはなく、動物人アニマンの特徴を獲得できる新薬の開発や、動物人アニマンの細胞、組織を複製することで怪我や障害の治療に役立てることなどが挙げられる。


 以上の経緯から、かつて病人や変人として扱われていた動物人アニマンは「人類の希望」へと昇華された。

 世界人口が八十億人を超えて久しい現在でさえ、認知された動物人アニマンの数は数百、認知されていない分を含めても千に満たないと推測されている。およそ千万人に一人という、けうな存在だ。個体ごとに能力が異なるとなれば希少価値は更に高まる。


 様々な理由から動物人アニマンが犯罪や事故に巻き込まれることもあった。

 そこで人類は、動物人アニマンの保護と研究を円滑に進めるために動物人アニマン管理特区「ズー」を日本にほんに設け、認知された動物人アニマン特区ズーに移送する措置を取る。動物人アニマンを人間と区別し守る法律も制定・施行された。また特区ズーにおいては動物人アニマンの教育体制も整備され、日本国憲法で定められているものと同じ「教育を受けさせる義務」が課されている。勤労と納税の義務はない。


 動物人アニマンは皆、特区ここで安全に暮らし、健全に育つことができるのだ。


 動物人アニマンの歴史を説明した女性は、優しく微笑んで述べた。


「そう、この場所こそが、特区ズーなのです。

 あなたは、これから安全に暮らすことができます。もちろん、自由ですよ。

 あ、でも、まだ子供だから学校でお勉強はしますよ?

 あと、たまにお医者さんに体を診てもらいましょうね。大丈夫、病気がないか調べるだけです」


 特区ここに来たばかりの僕は、思わず質問した。

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