第七話 清めの儀式

前回のあらすじ

 アイルムはナブリアに外出を控えるよう言い、休むことを勧めた。ナブリアは疲れていたが、イシュタルに祈りと感謝をささげたいと告げ、ラビアと共に部屋の出口に向かった。



 ナブリアとラビアは、大広間の中央に設置された祭壇へと静かに歩を進める。祭壇の周りには、神官たちが集まっていた。


 神官たちは純白の亜麻のローブをまとい、目を閉じている。口をわずかに動かし、心を込めて祈りの言葉を唱えているようだ。彼らの祈りの言葉は、一人ひとり異なっていたが、どれもイシュタルへの深い尊敬と畏れの念に満ちていた。


 隣を歩いていたラビアが、少し寂しそうな表情を浮かべながら、ナブリアの背中を優しく押した。


「私はここで待っているわ。しっかりとお祈りしてきてね」


 ナブリアは、友の心遣いに微笑みを返す。


「あとで一緒におつとめをしようね」


 ラビアはナブリアに小さく手を振ると、祭壇から少し離れた場所に静かに立った。ナブリアの祈る姿を優しく見守りながら、彼女自身も両手を合わせ、イシュタルへの祈りをささげていた。


 ナブリアはゆったりとした足取りで祭壇へと歩み寄る。石灰岩と日干しレンガを用いて築かれたその祭壇は、彼女が両腕を大きく広げても届かないほどの幅があり、胸ほどの高さがあった。


 祭壇の周囲には、青銅製の燭台しょくだいが整然と並べられている。炎は揺らめきながら燃え上がり、祭壇を優しい光で照らし出していた。


 祭壇の上面にくさび形文字で刻まれた祈りの言葉が目に入った。中央に置かれた青銅の香炉こうろからは、香煙こうえんが立ち上っている。香炉の両脇には、金と銀の杯が置かれ、水が注がれていた。祭壇の手前に置かれた銅の大皿には、麦やイチジク、きらびやかな宝飾品が供えられていた。


 神官たちは、ナブリアとラビアがお祈りに訪れたことに気づいたようだった。


 一人の神官がゆっくりとナブリアに歩み寄ってくる。神官は優しい笑顔を浮かべながら、彼女に語りかけた。


「ナブリア様、お祈りの前に身を清める儀式を行いましょう。ゆっくりとお支度なさってください」


 神官からそう言われ、ナブリアは丁重に鏡を受け取った。鏡を手にすると、つややかな黒髪が視界に映った。ナブリアはくしを取り、ゆっくりと髪をとかし始める。


 丁寧に髪をとかしながら、彼女は鏡に映る自分の姿を見つめた。輝くこはく色の瞳が、鏡越しに自分自身を見返している。小麦色に日焼けした肌は、健やかな色合いだ。額から頬にかけての輪郭は、柔らかだった。


 髪をとかし終えると、ナブリアは黒髪を左右に分け、それぞれを丁寧に結び上げた。しっかりと結び目を作ると、別の神官が歩み寄ってきた。


「ナブリア様、どうぞこちらをお付けください」


 そう言って差し出された銀の髪飾りを、ナブリアは丁重に受け取った。それを額の中央にあて、そっと黒髪にめた。


 髪飾りを着けると、もう一人の神官が歩み寄ってきた。彼はナブリアに、白い亜麻でできたローブを差し出す。


 ナブリアはローブを丁重に受け取ると、袖に腕を通した。ローブの裾を整え、襟元を正した。


「心を込めて、イシュタルに感謝の祈りをささげたいと思います」


 そう言ってナブリアが神官に微笑みかけると、神官も優しい笑顔を返してくれた。


「それは何よりでございます。イシュタルの加護が、あなた様にもたらされんことを」


 神官はそう言うと、香炉に乳香にゅうこうの粒を乗せ、火を灯した。かぐわしい香りが立ち込めていく。

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