第六話 星の巫女

 アイルムに招かれ、三人は神殿の一室へと案内された。


「魔物との戦いについて、詳しく教えてくれないか」


 ナブリアは深呼吸をして、恐ろしい魔物の姿を思い出しながら語り始めた。


「大蛇の胴体は黒いうろこに覆われていて、とても分厚く感じました。鋭い牙からは毒がしたたっていて……」


 ナブリアの声は少し震えていた。


 アイルムは、眉間にしわを寄せて考え込んでいる。


「私の知る限り、その魔物はウシュムガルと呼ばれるものだ。疫病と破壊、戦争を司る冥界の主、ネルガルの眷属けんぞくとされておる」


「そういえば、不思議なことに倒れた大蛇は消えてしまったんです」


 ラビアがつぶやく。


 アイルムは深くうなずいた。


「消えてしまったということは、おそらく魔法によって呼び出された存在だったのだろう」


「魔法で創られしものは、仮初めの存在に過ぎん。魔法が解けると、跡形もなく消え去ってしまうのだ」


 その言葉を聞いて、ナブリアは、はっとした。


「つまり……誰かがあの魔物を意図的に送り込んだということでしょうか?」


「そういうことになるな。おそらくは、ネルガルの使徒の仕業だろう。彼らはネルガルの闇の力を借りて、魔物を自在に操ることができるのだ」


 戦慄が背筋を駆け抜ける。


 アイルムの話によれば、ネルガルの使徒は、ネルガルを信奉する邪悪な魔術師の一団だという。ウルクをはじめとするメソポタミアの都市をおびやかす存在だ。


「それで、お前たちはどうやって魔物を退けたのだ?」


 ナムタルが問うと、ナブリアは神々しい光に包まれた瞬間を鮮明に思い出した。


「私たちは、イシュタルの加護を授かったのです。体が軽くなり、あしを手にすると、それは輝く矢へと変わりました。その矢は大蛇の分厚いうろこを貫いたのです」


 アイルムは目を見開いた。


「まさしく神託書に記されたイシュタルの奇跡だな」


「闇襲い来るも、星の巫女みこその身に加護あらん──古の預言者が記した言葉通りになるとは」


「そうだったのですね。ナブリアは女神に愛されているのでしょう」


 ナブリアの心に、ナムタルの言葉がじんわりと染み渡った。自分が女神に愛されているなんて。そう言われると、胸が熱くなってくる。


「だが、また魔物がウルクをおびやかさんとも限らん」


 アイルムの言葉でナブリアは我に返った。


「事態は深刻ですね」


 ナムタルもまた、険しい表情になっていた。


「日頃から鍛錬を積んでいる者たちを招集し、警戒の目を怠らぬよう申し伝えます」


「うむ。そうするがよい」


 アイルムはゆっくりとうなずいた。


 そしてナブリアの前に歩み寄ると、大きな手で優しく彼女の頭をなでる。


「ナブリアよ、しばらくは外へ出歩くのは控えるのだぞ」


「はい……わかりました、お父様」


 少し寂しげに返事をすると、アイルムは優しい眼差しを向けてくる。


「さぞかし疲れたことだろう。ゆっくりと休むがよい」


 先ほどの戦いで、ナブリアは疲労を隠しきれなかった。だがそれ以上に、危難に際して己を救ってくださった女神への感謝の思いが、自然と胸に込み上げてきた。


 ナブリアはアイルムに向かって告げた。


「いえ、大丈夫です。イシュタルに祈りをささげ、感謝をつくします」


 ナブリアはラビアの手を取って、部屋の出口へと歩み始めた。


 アイルムは二人の後ろ姿を見守った後、深く息をつく。


「この事態、国王陛下にもお伝えし、対策を練らねばなるまい」


 その言葉を残し、急ぎ足で神殿を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る