第四話 ウルクの街

 ナブリアは城門をくぐると、石畳を踏みしめながら、目の前に広がるウルクの街並みを見渡した。陽光を浴びてきらめく白亜の建物、活気に満ちた市場、そして遠くにそびえるジッグラトの姿が目に飛び込んできた。


 通りを歩けば、つちで鉄を打ち鳴らす力強い音や、ロバのいななきが聞こえてきた。


 小麦色の肌をした若い女性が通り過ぎていく。彼女は上質の麻布で作られた足首までのラップドドレスを身につけている。生成りのリネンは黄みがかった白で、小麦色の肌によく映えている。黒髪は丁寧に編み込まれ、髪飾りのリボンが絡められており、歩くたびにリズミカルに揺れる。


 その隣を、たくましい体格の男性が歩いていく。日に焼けた褐色の肌は陽光を浴びて輝き、鍛え上げられた筋肉質の上半身には何も身につけていない。腰には革の帯が巻かれ、粗めの麻布で作られた膝丈のスカートをはいている。


 井戸端で談笑する主婦たちは、淡い色合いの上着に麻のスカートを合わせている。ふくよかな体型の主婦が身振り手振りを交えて話すと、みんなが一斉にうなずいて笑った。


 遠くの方から、優しいたて琴の音色が流れてくる。まるでそれに合わせるかのように子供たちの歌声が重なっていた。


 市場の片隅では、小麦色の肌の男性が焼きたてのパンを並べている。大きな釜からは、スパイスの効いた肉料理の香ばしい匂いが立ち上っている。美味しそうな匂いに心ひかれながらも、ナブリアは歩みを進めた。


 商人たちの威勢のいい声が飛び交う。「上質な羊の肉を安くしておきますよ!」「この美しい布地を見てください!」自慢の品を手に、客引きを続ける商人たち。その活気と熱気に、ナブリアは心躍らせていた。


「ねえナブリア、見て。この布地、なんて美しい色合いなんでしょう」


 ラビアの視線の先には、輝くような毛織物や、ラピスラズリを思わせる濃藍こいあい色の亜麻布が広がっていた。その美しさに、ナブリアは思わず息をのむ。


 通りのあちこちでは、技を競い合う職人たちの店が軒を連ねていた。陶器、織物、武具、宝飾品。ウルクの誇る匠たちが、自慢の腕をふるう姿があった。


 水路では小舟が行き交っていた。小麦色の肌に汗を浮かべた船頭たちは、岸辺に舟を寄せると軽やかな身のこなしで飛び降りる。彼らは慣れた手つきで、大きな麻袋や木箱に詰められた貨物を次々と降ろしていった。


 川岸の一角では、商人たちが談笑している。色白の肌をした男が一際目を引く。大きな革袋の中から一枚のパピルス紙を取り出して、興奮した面持ちで何かを語り始める。その言葉は、異国の響きを感じさせた。


「お父様は隊商を率いていらっしゃるのよね。色んな国へ行って、珍しい布や染料を仕入れてこられたりするのでしょう?」


「ええ。お父様はいつも長旅に出ているわ。行く先々で見たことを面白おかしく話してくださるのよ。お土産話を聞くのが楽しみなの」


 ラビアの瞳がきらきらと輝く。


 ウルクに暮らす人々はみな、生き生きとした表情で日々を過ごしていた。時折、頭上の空を仰ぎ見ては、イシュタルに感謝の祈りをささげている。


 女神の慈愛と加護に支えられ、幸せな日常を紡いでいるのだ。子供から大人まで、等しくイシュタルを敬愛し、感謝を忘れない。そんな彼らの姿勢に、ナブリアも胸を打たれずにはいられなかった。


 やがて街の中心部へと近づいてくると、王宮とイシュタル神殿の威容が目に入ってきた。

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