第二話 イシュタルの加護

 立ち尽くすナブリアたちを前に、大蛇が身をかがめた。


 その時、ナブリアの脳裏に幼い頃に見た不思議な夢がよみがえる。優しく微笑む女神が、まるで目の前にいるかのように語りかけていた。


「必ずや加護がなんじを守るでしょう」


 イシュタルの約束を思い出し、ナブリアは心が勇気と希望に満たされるのを感じた。


 女神を信じ、その加護を願って空を仰ぎ叫ぶ。


「イシュタルよ、どうか私たちをお守りください!」


 次の瞬間、温かく優しい光がナブリアとラビアの身を包み込んだ。


 恐怖心が徐々に溶けていくのがわかる。体が軽くなり、力が満ちてくるのを感じた。これはイシュタルの加護に違いない。


 神々しいオーラに導かれるまま、無我夢中であしを手に取った。すると、それは輝く矢へと姿を変えた。


 祈りとともに、力を込めて光の矢を放つ。矢は美しい軌跡を描いて大蛇へと飛んでいった。


 うろこに食い込んだ光の矢は、まばゆい輝きを放った。


「やった!」


 一瞬動きが止まるのもつかの間、傷口から黒煙を噴き出すと、激しく身をよじらせてナブリアに襲いかかってきた。


 渾身こんしんの一撃でさえ、この巨大な魔物を倒すには至らない。


 絶望感に襲われそうになるが、とっさにラビアの方を見やった。


 ラビアは、疾走しながら葦を引き抜き、何やら呪文を唱えていた。彼女のまとう光が葦へ流れ込み、みるみるうちにそれは黄金の盾へと姿を変えていく。


「ナブリア! これを使って!」


 盾がナブリアへと投げ渡された。その盾を手にした瞬間、温かくも力強いオーラを感じた。これは紛れもなく、女神の加護を受けた聖なる盾だ。


 ナブリアは改めて大蛇に立ち向かった。


 鋭い牙が盾に打ち付けられ、金属をひっかくような音が辺りに響き渡る。


「くっ……!」


 ナブリアは歯を食いしばった。


 盾越しに伝わる衝撃に耐えながら、懸命に身をよじり攻撃を避けた。


 するとそこへまばゆい光の矢が飛来し、大蛇の身体を射抜いた。一発、また一発と、光の矢が大蛇に突き刺さっていく。


 二人は息を合わせるように、大蛇の攻撃を避けながら、光の矢を放ち続けた。時間が経つにつれ、大蛇の動きは少しずつ鈍くなっていった。


 しかし、炎天下での激しい戦闘は、二人から力を奪っていた。


 そのとき、視界の端に人影が映った気がした。はっとして目を凝らすと、それは街の衛兵たちだった。


 太陽の光に照らされて輝く鎧を身に着けた屈強な兵士たちが、ざわめく葦を力強くかき分けながら、一直線にナブリアたちに向かって駆けつけてくる。


 ようやく助けが来てくれたのだ。ナブリアの胸に安堵あんどの思いがこみ上げた。


「ナブリア様、ラビア様、ご無事ですか!」


 衛兵たちは、ナブリアとラビアをかばうように前に出ると、号令とともに剣と盾を構えて一斉に巨大な蛇に立ち向かっていった。


 鋭い刃が黒いうろこを切り裂き、槍がその肉体を深々と貫いていく。大蛇は苦悶くもんの声を上げながらも、うねるようにしなる胴体で衛兵たちを吹き飛ばし、鋭い牙で反撃を試みる。


 二人は再び立ち上がると、光の矢を放ち、戦いに加勢した。


 黄金の矢が、次々と大蛇の身体に突き刺さっていく。それでもなお抵抗を続ける大蛇に対し、衛兵たちは息の合った連携で攻勢をかけていく。


 ついに、衛兵の渾身の力を込めた剣が、大蛇の胸に突き立てられた。


 大蛇は雄叫びを上げると、どっしりとその巨躯きょくを地に崩した。砂ぼこりが、倒れ伏した大蛇を包み込んでいく。

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