エピローグ

三千世界にキスをして

 勇者が意識を取り戻すと、そこは惑星ケイレブの上だった。

 夢の中で魔王と出会ったのは、ほんの一瞬だったのだろう。それほど時間が経っていないと体感で分かる。


(んん……あれ? あたしまだ腕輪の中?)


 アリアも起きたようだ。残念ながら、勇者の体には移動出来なかったらしい。


(おっかしいなー? なーんかあったかい夢を見てたような気がするんだけど)


(アリア、本当にありがとう。君には感謝してもしきれない)


(えっ、ナニ? 急にどったの? ユーシャ……悲しそうだけど大丈夫?)


(ああ。ずっと会いたかった友達に会って、そして別れたんだ。悲しくはあるけど、悪い気分じゃない)


(ユーシャ……。くそう! あたしに体があればハグしてあげるのに!)


(はは、それはもったいない事をしたかな)


 会話をしながら、アリアの体を隠した場所へ戻る。魔力で保護しているお陰で、彼女の遺体は綺麗なままだった。


(こう見るとさ、あたしって悪くないよね。カワイイ臓器たち、シティに帰ったらちゃんと良い人に提供されるんだよ~)


(その、今の技術で君の新しい体は作れないのか? 何か人形みたいなものは)


(クローン作っちゃう? 違法だけど)


(違法でも何でもいいさ。君が復活するなら僕は何でもやる)


(それマッドサイエンティストのセリフじゃん。でも嬉しいかも……ありがと!)


 勇者は照れ隠しに上を向く。

 宇宙の中に、車輪のようなシティが見える。そろそろ部活船が迎えに来るはずだ。


 アリアの体を担ごうと両手を伸ばす。


 その瞬間──。


 左手に嵌めた、アグナールの腕輪が急に輝き出した。


(うやっ、何これ!? な、なんか引っ張られるぅ~!!)


(アリア! どうした!?)


 腕輪の光は、吸い込まれるようにアリアの体に移動した。もう、腕輪には何の魔力も感じない。


 代わりにアリアの体からは……。


「……あれ? この懐かしい低重力……なんか生き返っちゃったみたい」


「アリア!!」


「きゃっ!」


 思わず彼女を抱きしめた。

 魔王の最後の言葉を思い出す。尊敬すべき友は、腕輪の魔力を使ってアリアの肉体を甦らせたのだろう。


「良かった……! 本当に!」


「おうっ! 嬉しいけどちょっと痛いカモ。またアバラが……あれ、治ってる?」


「あっ、すまない。大丈夫か?」


「だいじょぶ。それよりさ、なんで話せてるのか意味わかんないんだけど」


「それは魔力で体を覆っているからだと思う。二つの泡がくっついて、大きな泡になるようなものだ」


「なるほど、離れたらダメなんだね。じゃあ……さっき言ったこと覚えてる? 何でもするってやつ」


「もちろん。僕に出来る事なら」


「あーりんって呼んでよ」


「えっ!? それはその……」


 アリアの顔が近づく。

 黄金色の瞳に自分の顔が写る。

 そして──薄いピンクの唇が重なった。


「……!」

 

 一瞬、戸惑う。

 それから静かに、アリアを抱き締めた。

 不思議な感触だった。優しく、柔らかく。そして温かい。

 

 まだキスの際に呼吸を許すほど慣れていない二人は、息苦しくなって静かに離れる。


「ぷは! ふふっ、あーりんって呼ばない仕返し!」


「あー、その。えっと……あー、あ。あっ、あれは!?」


「ゴマかし方が雑ぅー」


「違う、あれは部活船じゃないか?」


 勇者は宇宙の彼方を指差す。

 そこにはピンク色のイルカ船が見えた。


「ホントだ、迎えが早いなぁ。あーあ、これから後処理が大変だ。邪魔した罰で皆にも手伝ってもらおっと」


「アリア、僕にもやらせてくれないか? 決めたんだ、元の世界には戻らない。と言うか戻れない。だから僕は……この宇宙で生きて行く。き、君と一緒に!」


「……わお。それってプロポーズ?」


「えっ!? そ、そうだ! 僕は君の事が好きだ。だから、ずっと一緒にいたい」


「あはは、宇宙で生きて行くなら色々覚えないとね。そうゆう時は、こーすんの!」


 ──ブチュウッ!!


 首の後ろに手を回され、強引に唇を奪われる。舌の温かい感触に驚いたが、勇者も負けてはいられない。

 優しく抱きしめ、口づけで覚悟を伝えた。





 ──ここはケイレブ。

 宇宙に浮かぶ、灰色の惑星。

 ファンタジーの世界から飛び出した少年と、宇宙で明るく生きる少女は出会った。


 二人は熱いキスをする。

 これは始まりの合図なのだ。若い二人のこれからと、宇宙を股にかける冒険劇の。


 つたなくも激しいキスを交わす二人を、ピンクのイルカがあきれた顔で眺めていた──。





 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミチなる世界はギャルびより! ─宇宙童貞の勇者、密輸されていた所をギャルに救われ部活船の下働きになる─  戸吹いちこ @tobuki-1226

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画