3-5 勇者、再会する
「ここは……?」
綺麗な河原が広がっていた。
たくさんの花が咲く平原に、大きな河が流れている。青空の下、穏やかな風が吹いて何とも心地が良い。
目を閉じ、深呼吸した時──後ろから懐かしい声がした。
「全く! どれだけ待たせるのだ貴様は!」
体の動きが止まる。
だって、その声は──。
勇者は振り向いた。
そこに立っていたのは……見事な角に
「ま……魔王!? 何でお前が!?」
「約束を忘れたのか? 貴様が一向に帰って来ないから、わざわざ俺が出向いてやったのだ」
魔王は高らかに笑った。
理解が追いつかないが、その姿は確かに魔王だ。
「忘れるものか! だが、どういう事だ? 僕は腕輪を額に付けて……そうだ、アリアはどうなった!?」
「まあ落ち着け。あの娘は無事だ。俺が話をするため今は眠ってもらっている。全て話してやるから、その後で好きなだけ乳繰り合えばよい」
「なな、何を言ってるんだお前は!?」
「あの後……貴様を吹き飛ばした後、俺は約束通り人間に手を出さなかった。魔族の地、イズベルグに
「そうだったのか……魔王よ、感謝する。やはりお前は信用出来る男だ」
「当たり前だ。だがな、お前達の王国はたった十年ほどで勝手に争いだしたのだ。俺が貴様と相討ちにでもなったと考えたのではないか? やがてイズベルグに難民が避難して来るようになった」
もう一つ、戦争の理由は世界から魔力が失われてしまったかららしい。腕輪の件以降に産まれた者は、魔力が無かったそうだ。そして魔力に頼った文明だったため、資源の奪い合いなどから戦が始まったようだ。
「ふふ、丸くなっていたのだろうな。俺は難民達を保護した。攻めて来た連中は蹴散らし、投降した者は迎え入れた。最初は弱い人間など興味は無かったのだが、ある時 見方が変わった。人間達は、科学を発展させたのだ」
「科学……それはアリア達の世界にある機械のようなものか?」
「そうだ。それよりもっと広い分野で、人間達は驚くべき好奇心で数々の技術を発展させた。魔力が失われた功名とも言える」
それから魔王は、人間達に
「それから長く統治したが……流石の俺も、1000年ほどで体に限界が来た」
強大な魔力を持ってしても、肉体を維持するのは無理だった。その時代には魔力を持つ者は消え、魔王は神として崇められていた。
「そこで俺は考えた。お前を待つにはどうすればよいか? 答は一つ、体を捨て精神として行きればよいのではないかと」
「魔王……お前はそんなに僕を……ん? ちょっと待ってくれ。精神ってそれは……」
「貴様も知っているだろう、クオリアと言う存在だ。当時最先端の研究がそれでな、凄かったのだぞ? 今よりも高度な文明だった。ああ、ネイターと言うのは俺達の事だ」
「なんだって!?」
遥か5000年以上前に消えた幻の種族、ネイター。その正体は、なんと魔王によって
「じゃあ僕が実験の星で生まれたとかいう話は何なんだ……?」
「はっはっは! そう驚くな。宇宙進出を開始したのは俺がクオリアになった後だ。その時死んだ事になってるから、後の事は俺も知らん」
魔王の他に精神生命体クオリアになった者は何人かいたらしい。
常に起きているわけではなく、親から子へ遺伝子が受け継がれるように、休眠状態のまま人々の中を渡り歩いていた。
「と言うことは魔王よ、お前はずっとアリアの中にいたのか?」
「正確にはその母親から受け継がれた形だな。安心しろ、ずっと寝ていたからこの娘に悪影響はない。流石の俺も、何千もの遺伝を経て意識は薄れつつある。今、貴様と話しているのは最後の残り火なのだよ」
「そうか……お前はずっと、僕を待っていてくれたんだな」
それはどれほど長い時間だっただろうか。
5000年、いやもっと長い。永劫にも感じられる時間を思うと、目頭が熱くなった。
「全くだ。せいぜい数年だろうと思っていたのだがな。はっはっは!」
「わ、笑ってる場合か! でも、僕は何で未来に来てしまったんだ? 体感では一瞬だったけど」
「恐らく、光の力で時空を超えたのだろう。ネイターの科学でも近いものは再現出来た。
「さっぱりわからん。だがもういい、科学に関しては理解を放棄した。とにかく、腕輪を封印しようとして未来に来たわけか」
「はっはっは! そういう事だ。貴様も学んでみるがいい、意外と面白いものだぞ」
「考えておこう。誘われてるしな……腕輪はなぜ安定している? 今は大丈夫なのか?」
「俺がこの娘を通じて止めている。時間だけはあったからな、魔力操作に磨きをかけた。魔道具の制御など朝飯前よ」
「また助けられたみたいだな。ふ、今戦っても勝てる気がしない。ならもう腕輪は大丈夫なのか……ありがとう、魔王よ」
「ふふ、感謝ならこの娘にするがいい。腕輪と接触した時に俺は目覚めたのだからな。その前にお前と会っているのに、俺は気づかなかった。もう……時間が無いようだ」
魔王の体が、少しずつ薄れていく。
色が薄れるように、景色に溶けていく。
「ま、待ってくれ! 魔王よ、まだ再会したばかりじゃないか! 戦う約束をしただろう、決着をつけると……!!」
「はっはっは! もうついてるさ。俺と貴様の勝ちだ。俺達は再会した。運命と言う、最強の敵に勝ったのだ!」
その言葉に、
勇者の最初の友達は、永遠とも思えるような時間に耐えてくれたのだ。文句も言わず、ただ、また会うためだけに……!
「うっ……ぐ……魔王よ、行くな! 行かないでくれ……!」
「……泣くな、友よ。この娘、アリアがお前と同化してくれて顕現する事が出来た。俺は満足だ。そうだ、人間から学んだ事がある。別れる時は笑顔だ。その顔が、心に浮かぶ友の顔になる。だから、笑って送ってくれ」
勇者は泣いた。
幼い子供のように、体を震わせて涙を流した。
しかし──友の言葉に応えなければいけない。しゃくり上げる呼吸を無理やり整え、なんとか前を見る。
「……すぅー……魔王よ。僕は、君と出会えて良かった。君と戦えて、そして再会できて幸せだった」
ぐしゃぐしゃの笑顔でそう言った。
見上げた魔王の頬にも、涙が流れている。
「俺もだ。ふふ、俺はもう満足したが、お前の冒険は今から始まるのだ。宇宙とは、広く深い三千世界なのだそうだ。だが心配するな、お前には仲間がいる」
「ああ! 心の中にはお前もいる。僕はもう一人じゃない! どんな困難も乗り越えてみせるさ!」
「その意気だ。最後に一つ、プレゼントを残したから楽しみにしていろ。それではな、勇者よ。いつかまた、別の世界で会おうぞ!」
魔王が片手を上げる。
勇者も大きく手を振る。
やがて視界に霧がかかり──眠るように意識を失った。
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