1-4 さっさと出て行って
人に聞くと、聖女の一室は王城の離れの塔の近くに用意されたらしい。シュヴァルドは几帳面に、ほぼ変わらない歩幅と速度でそちらに向かう。
ソリュードの言葉が頭で反芻された。何かあれば、斬る。自分が。
王子付きの護衛騎士になりながら、シュヴァルドは人を斬るのを好まない。だが、貴族院でソリュードに出会い、彼に気に入られてそばに置かれるようになってから、いずれはその時もくるだろうとはわかっていた。
「俺もまだ覚悟が決まっていなかったということか……」
ふと、同じく貴族院で出会い、共にソリュードに気に入られた同僚を思い出す。彼は常に戦場に立っている。苦しみながらも、もがいて、それが自分の運命だと受け入れて。
自身も心を決めるべきだと、そう思い悩みそうになったとき、遠くで女性の叫ぶ声が聞こえた。この先は聖女に用意された部屋のみ。ならば、この叫び声は聖女のものかと、慌てて駆け出す。
聖女に護衛が必要と言っても、ここは王城。何重もの警備で守られている。内部に敵がいるとしても、聖女を害すれば国に病が蔓延する。まずは黒の吹き溜まりに蓋をしてから事を起こすものと思うが——
思い込みは良くないと、腰に下げる剣に手をやる。人を斬りたくない。だからと言って、人を斬る術を身につけなかったわけではない。
「何がっ……!!」
何があった。
そう問おうとし、部屋のドアを開けたら、貧相な少女が目を吊り上げて床にひれ伏すメイドを睨みつけていた。そしてすぐにその瞳はシュヴァルドにも向けられる。
十かそこらの年齢に見えて、だとしても細すぎる弱々しい体だった。しかし見た目に反し、瞳だけは強かった。また、気も強かった。
「女性の部屋にノックなしで入ってくるなんて非常識よ!」
近くにあったテーブルの上からナイフを掴み、こちらに投げてくる。一切迷いのない行動にヒヤリとしながら、投げられたナイフはサッと避けた。
「すまない。緊急事態かと思って礼は省かせてもらった」
「緊急事態でもなんでもないわ。さっさと出て行って」
「いや……」
「出て行きなさい」
有無を言わせない覇気。弱い少女に似つかわしくない太々しい態度。ああ、この子が聖女なのだなと、シュヴァルドはソリュードの言葉を思い出す。
権力と地位を求める少女、か。
床にいるメイドは泣いているようだった。少女の手は真っ赤で、泣くメイドの頬も真っ赤で。何があったか聞かずとも察せられるが、どうしたものかと迷う。
迷う間に、少女は目の前まで来た。
「出て行きなさいと言ってるでしょう」
自分が言うことを相手が聞くのは当たり前といった態度だ。どこぞの王族かと思うほど、堂々としている。
本当に、どうすればいい。
シュヴァルドは胸に手を当て、敬礼の形をとる。
「申し遅れました。私はシュヴァルド。ソリュード第一王子の護衛騎士です。本日より聖女様の護衛をするようにと殿下から仰せつかりました」
「……あの男から?」
「はい。ソリュード王子からです」
王族への不敬はたとえ聖女でも許されない。その力が必要だからこそ大目に見られる部分はあるが、礼儀を忘れていいことにはならないのだ。
言い直したシュヴァルドに、少女は気にも留めなかった。素早く身なりを確認した後、慣れた手つきでボロ布をドレスの裾のように持ち、綺麗なお辞儀をする。
「マリアよ。異世界からここに召喚された聖女になるわ。ところでシュヴァルド」
「なんでしょう?」
マリアの黒い瞳が腰に下げる剣に向く。
「私の背後には一生立たないで。命令よ」
そう言ってくるりと踵を返した彼女は「立つなと命じたわよ」と鋭い視線を投げてくる。
背を向けたのは彼女で、シュヴァルドは一歩も動いていない。
メイドがなぜ泣いているのかわかった気がする。この理不尽に付き合えなければ、おそらく、容赦ない体罰があるのだろう。
シュヴァルドは表情を変えず、マリアの横に来るように移動した。
「部屋から出て行きなさいとも言ったわ。この女も連れて、さっさと出て行って」
命令に、シュヴァルドは「かしこまりました」と頷き、メイドに手を貸してマリアの背後に立たないよう気をつけながら部屋を出た。
泣くメイドを慰めながら、胸中で思いっきり息を吐き出した。
道を外さぬように監視するだけで大丈夫なのだろうか。そう、心配が湧いた。
悪役聖女の顛末 夢十弐書 @mutonica
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