1-3 王子と腹心の部下
通路の先にいるシュヴァルドは、ソリュードが自分を見つけたことに気づいてやってくる。
彼が目の前に来たとき、ソリュードは簡潔に告げた。
「ちょうどよかった。お前に、聖女の護衛を任せよう」
「聖女の? 召喚は成功したということですね」
「ああ。気の強い少女だった」
ソリュードが歩き始めると、半歩後ろをシュヴァルドが続く。どのように、と問うような沈黙を受け流し、ソリュードは私室に戻る。
外で誰かに聞かれて困る話でもないが、私室のほうが落ち着く。椅子に深く腰掛けて長い脚を放り出し、ふっと息をついて首元のタイを緩めた。
召喚の儀式のために用意された礼服は固苦しい。いや、普段の執務服も背筋を引き伸ばされるような固苦しさはある。ソリュードはそれを気に入っていたが、常にきっちりと背筋を伸ばすのは疲れも溜まるのだ。
目の前の青年はソリュードが何をしようが、外に漏らすことはない。誰がどれだけ詰問しようと馬鹿みたいに主人のプライベートを話すことはしない忠実な僕だ。だから、ソリュードは誰もいない私室を選び、服を脱ぐ。
「聖女の名前はマリア。何か言いかけていたから、本名かどうかわからないけどね。彼女が聖女の仕事をするにあたって、要求したことは二つ」
なんだと思う? と視線でシュヴァルドに問う。シュヴァルドはソリュードの視線を受けて、生真面目に考え、答える。
「生活の保護……でしょうか」
「正解。そしてもう一つは、権力と地位が欲しいと」
「はい?」
「国での発言力を持ちたいらしい」
シュヴァルドの目が真ん丸に見開かれた。素直な反応だ。ソリュードの周りには腹の底を見せない人間が多い。ほぼ、そうだ。しかしシュヴァルドは昔から素直に感情を見せ、表裏のない発言をする。
「国王にでもなりたいと?」
「そこまでは言わなかった」
くっくっ、とソリュードは笑う。背もたれに首を傾けて、自身の乳白色の髪をひと束摘んだ。
「国王になりたいと言えば斬ったのに」
横目でシュヴァルドの反応を窺う。どう返していいかわからないと、困惑の赤い瞳がソリュードを見ていた。
まるで正反対だ。
赤い瞳に夜明けを思わせる紺色の髪を持つ男は、感情が読みやすい。素直で、実直で、忠義に厚く、その忠誠心は信頼に足る。
一方、金色の瞳に乳白色の髪を持つソリュードは、感情を作り、相手に見せるようにしている。腹が読めない人間が周りに多いが、それはソリュード自身も含まれることだった。
そんなソリュードに、シュヴァルドはついてきている。決して裏切らない腹心としてそばにいる。
おかげでリヤンにも言わなかったことを指示できるのだ。
「聖女の護衛になり、近くで監視してくれ。何かあれば報告を。お前の裁量で斬り捨ててもいい」
シュヴァルドの判断を信頼しての言葉だったが、相手は怯む。
「黒い吹き溜まりに蓋をするのに、聖女が必要でしょう?」
「また召喚すればいいことだ。なあに、半年もあれば準備は整う」
「その間に病の気が漏れ出てきます」
「国が潰れるのと病が蔓延るの、どちらが一大事だ?」
「……どちらもですよ」
ほんの少し、シュヴァルドが悲しそうな顔をした。彼の言うことはわかる。だから、ソリュードは微笑んだ。
「なら、聖女のそばにいて、間違っても道を外さないようにお前が監視していてくれ」
頼んだぞ、と念を押したあとは、下がっていた眉は元の位置に戻っていた。姿勢正しく礼をし、シュヴァルドが部屋を出ていく。
あれは裏切ることはない。裏切るという発想がとれない男だからソリュードはそばに置き、重要なことも任せられる。
きっと、シュヴァルドはマリアが道を誤らないように導くだろう。
そして、退っ引きならない事態になれば、斬ってくれる。彼はそういう男だ。
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