1-2 叛逆の聖女?
白の儀式の間を出たソリュードのあとを、大司教リヤンが追いかけてくる。
「殿下」
ソリュードが足を止めることはない。それを承知しているかのようにリヤンは彼の歩幅に合わせ、後ろからついていく。
「あの者は少しおかしいように思います」
「おかしいとは?」
「聖女として正しくない……そのように感じました」
「だが、儀式を行なって召喚された人間だ。正しく、聖女だろう」
「ですが」
きっぱりと断言するソリュードに対し、リヤンも引かずに答える。
「この国を……世界を救う大役を聞かされ、戸惑いこそすれどあのように大きな態度に出るとは、些か聖女の気質から外れるのではないでしょうか」
「聖女の気質か」
それまで前方だけを見据えていたソリュードの視線が、後方のリヤンを捉える。大司教という、教会内部でも高い地位にいる男だが、まだ若い。国王陛下よりも年齢は下だ。しかし、見た目は年齢と異なる。
彼が司祭だった頃は教会内部にも悪事を働く者がおり、それらを正すために苦労したと聞く。苦労の名残か、それとも今でもまだ苦難の道は続いているのか、髪は真っ白で目尻や眉間には濃く刻まれた皺がある。
老獪の男と話しているような気になる顔つきの悪さだが、リヤンの心は常に正しくあろうとしていることはソリュードもよく知っていた。
だから問う。
「黒の吹き溜まりに蓋ができれば聖女では? そこに彼女の性格はまったく関係ない」
「ですが、権力を求めたのです。叛逆の意思がある可能性も……」
「異世界の少女なのだろう? こちらのことを何も知らないうちから、国盗りを考えるのか?」
リヤンは口を閉ざす。現実的とは言えない話だ。
だが、リヤンの懸念もソリュードは理解していた。召喚され、ここがどこかもわからない少女が要求したのは「王城に住むこと」、そして「地位と権力」だ。それも、国を動かすほどの。
王族に刃向かうつもりかと警戒されても仕方のない話だ。
ソリュードは、突発の出来事にうろたえることなく、堂々としていた少女を思い出す。薄汚い子どもだった。もともと白かったのであろう服は黄ばみ、異臭がしていた。長く伸びた黒髪はバサバサで、黒い眼は落ち窪んだようにギョロリとこちらを睨んでいて、不気味だった。
今にも飛びかかってきそうな好戦的な態度だったが、棒切れのように細い体で何ができるだろうか。力では敵わぬ。なら、その体で誰かを籠絡して動かすかといえば、そんなことは無理だろうなとわかる貧弱ぶり。
あれは、ソリュードも知っている。
貧困層で見る子どもは、まさしくあの少女と同じだ。
「リヤン」
「はっ」
「対象者の過去を調べる魔法があったな」
「はい。罪人を取り調べるときに使用する魔法ですね」
「あれを、彼女にかけてくれ。ただし、気づかれないように。できるな?」
「彼女は罪人ではありません」
つまり、やらない、ということだ。
王族の問いに、大司教が異を唱えることはまずない。この程度の違法魔法操作など一言で承諾すれば良いものの、リヤンは融通が効かない。
それが良い。そんな彼の性格を知っているから、ソリュードも聖女の罪を用意していた。
「彼女には反乱の疑いがある。よって、秘密裏に素性を調べたい」
「……そういうことでしたら、お任せください」
綺麗に納得はできないが、先に叛逆の意思を疑ったのはリヤンだ。それについて調べろと言われ、なぜとは反対しなかった。
失礼します、とリヤンが下がる。
さて、あの少女——マリアの過去は何が映るのか。
ソリュードは大して興味を持たなかったが、面倒事は避けたい。監視も必要かと考えたときに、ちょうど視線の先に自らの腹心の姿を見つけた。
第一王子護衛騎士、シュヴァルドだ。
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