悪役聖女の顛末

夢十弐書

序・はじまりなのか

1-1強気な聖女召喚


真っ白な石壁に囲まれた広い部屋の中心。

十の司祭と一の大司教、そしてミゼ・アクシオン王国第一王子が見ている前で、汚れて悪臭を放つ服を着た少女が胸に手を当てて宣言する。


「私を聖女としてこの国に留まらせ、力を振るわせたいと言うのなら揺るぎない地位と権力を要求するわ」


見た目は十二ほど。風が吹けばぱたりと倒れてしまいそうなほど、細すぎる体。生きているのも不思議なくらい弱々しい体躯でありながら、少女の眼と声は驚くほど強気で、その場にいる者を圧倒させた。


ただ一人、第一王子を除いて。


怯まない王子に対し、少女も堂々と言葉を続ける。


「ああ、そうね。王城に部屋ももらおうかしら。なにせ、私は身ひとつでこちらに転移させられたのだから」


——そもそもの始まりは、ミゼ・アクシオン王国の聖女召喚にあった。





世界にはいくつもの黒い吹き溜まりというものがあり、そこから病が流れてくるとされている。目に見えぬ病の気は畑に蔓延れば作物を枯らし、海や山に向かえば生き物が死ぬ。当然人間にも影響があり、病の気が体内に溜まることによって不治の病にかかってしまう。


そのため、黒い吹き溜まりは放置してはならない。


対処法は既に、遠い昔の偉人たちが見つけていた。黒い吹き溜まりは儀式を行えば、一定期間、蓋ができる。あとは定期的に儀式を行うだけで病の気が溢れることはない。


儀式の方法も簡単ではあったが、問題はあった。ある特別な血を持つ人間にしか行えないのである。


その血を持つ者は、召喚によって王城へ強制的に連れて来られた。


あるときは辺鄙な村に住む娘。

あるときは隣国の令嬢。

あるときは腰の曲がったおばあさん。


どこの誰かは決まりがない。ただし、必ず女性が召喚されることから、儀式を行える人間のことを「聖女」と呼ぶようになった。


いつぞやは過去に生きる娘を、さらには未来の妃を召喚したこともある。


そして今回は、異世界にいる少女を召喚したのだった。


世界の仕組み、己が召喚された理由を説明された少女は、恐れ、戸惑うことなく冒頭の台詞を告げたのである。


「私が必要なのでしょう? なら、これくらいの要求、呑めるわよね」


この場で決定権を持つのは王子しかいない。少女はそれがわかっているかのように、他を無視して彼だけを見つめた。


王子は悩むまでもなく、答える。


「あいわかった、と言える範囲は『王城に住まいを用意すること』だけだな。もとより、召喚した聖女には一時的に部屋を用意し、今後、王都に住むかどうするか決めてもらっている。王城に住み続けたいというのなら、そう手配しよう」

「では、そうお願いするわ」

「承った。さて、地位と権力か……。これは私の一存ではなんともな。一応、聖女は教会のなかで強い発言力を持つ」

「私は国で発言力を持ちたいのよ。それも、誰にも揺るがされない力を持って」

「難しいな」


真っ直ぐに黒い瞳を向ける少女に対し、王子は話が終わったとでもいうようにひとつ息をつく。


「陛下に相談はしてみよう。今日は以上だ。部屋に案内させよう」

「要求を呑まないなら力は貸さないわ」

「わかった」


淡々と王子は受け流す。


背を向ける前、忘れていたかのように丁寧にお辞儀をした。


「私の名前はソリュード。ミゼ・アクシオン王国の第一王子だ」

「ご丁寧にどうも」


つん、と強気な瞳を細めた少女は、汚れたシャツの裾をつまみ、それは見事なお辞儀を返した。


「私の名前はとも……、……いえ、マリアよ」

「マリア? それだけ? 家名は」

「この名だけで十分だわ」


これも強い意志を持った言葉だった。ソリュードは何か考えるようにマリアの目を見たが、問うことはせずに背を向ける。


「そうか。ではマリア、また明日」

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