3 エステル

第11話 エステル

「ハイト、自炊はできるか? 何だったら朝食だけは町のパン屋に毎朝届けてもらうよう手配しておくが」

 移住直後、リゲル団長からそう言われ、ハイトはありがたく配達をお願いした。

 配達に来てくれるのはパン屋の娘のエステルだった。真夏の太陽のように明るい少女で、毎朝「ハイトさん、おはようございます!」と、栗色の髪をきらきら揺らしながら配達をしてくれる。高等学校に入学したばかりで、配達後は登校の準備をして学校へ行くらしかった。毎日大変ではないかと訊ねると、

「全然大変なんかじゃありません。お客さんに会えて楽しいのよ」

 と答えた。常連のおじいさんおばあさんなどは彼女と軽く雑談をして、「これ、どうぞ食べてちょうだい」とおやつをくれる人もいるらしかった。明るく元気で配達や店番もこなすので、この町で彼女を知らない人はいないというほど顔の広い子だった。

 自分から配達を頼んでおきながら配達員がこんな少女とは思わず、ハイトは町外れの森の中にまで配達を頼んだことに少し罪悪感があった。それを本人に伝えると、

「そんなこと気にしなくていいのよ。森の中に住む人はちらほらいるし、ここより遠くに配達へ行くこともあるのよ。体を動かすのが好きだからむしろ嬉しいわ」

 そんなふうにハイトを気遣ってくれた。

 この日もエステルは朝の六時に配達に来てくれた。

「ハイトさん、バケットです。どうぞ」

 パンの入った袋からはいい匂いがした。

「エステルちゃん、いつもありがとう」

 そう礼を言うと、エステルは会釈をして笑った。

「どういたしまして。――あら、リリーちゃん、おはよう」

 リリーはパンは食べないが、匂いに釣られて玄関に出てきた。エステルに向かって可憐に『にゃあ』と鳴いて挨拶をする。無闇に触るわけでも顔を寄せるわけでもないちょうどよい距離感を保ってくれるエステルを、リリーは決して邪険にはしなかった。

「あれ? リリーちゃん、首に何か着けてるの?」

 それは、ハイトの編んだミサンガだった。気難しいところのあるリリーは時折一人で留守番することを嫌がるので、ハイトがミサンガを編んでそれをリリーの首に着け、少しでも寂しさを感じないようにしているのだった。リリーの毛色に合わせて白い糸で編み込んであるが、毛並みの中からちらりと見えた刺繍糸の僅かな煌めきを、エステルは見付けたらしかった。

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