『これかわいいね』とあの子が言ったから、ルビーのピアスを買ったのに。

長月瓦礫

『これかわいいね』とあの子が言ったから、ルビーのピアスを買ったのに。

彼女は翠玉色の瞳から流れた涙を拭きとった。

流した涙が怒りによるものか悲しみによるものか、私には分からない。

それらから何かを読み取ってアクションを起こすのは、私の仕事じゃない。


「病院でも紹介してやろうか?」


「しなくていい、自分でやる」


ぶっきらぼうにこたえ、プレゼント箱を破く。

ルビーのピアスをかすかに震える手で耳に当て、突き刺した。

同じようにもう片方の耳にも刺した。


私はただ、それを隣で見ていた。

隣で見ていろと言われたからだ。


宝石のような綺麗な瞳は憎悪で濁りきってしまった。

流した涙が宝石になれば、どれだけよかっただろう。

どんな感情であったとしても、綺麗なものだと褒めたたえることができた。


しかし、今の彼女にあるのは、憎悪だけだ。

私の出る幕じゃない。私はただ、それを見るだけだ。

涙の代わりに耳から赤い血が流れ出る。


ドラッグストアの駐車場、渡すはずだったプレゼントの封を切って、耳に無理やり穴を開けた。見た目のことなど一切気にしていない、感情に任せただけの暴挙、私にはどうすることもできない。


プレゼントの箱を叩きつけ、耳から流れ出る血など構わずに、罵詈雑言を思いつく限り並べたてる。乾き切った涙から吹き上がるのは、殺し切ったはずの感情ばかりだ。

アスファルトは何もこたえない。生ぬるい夜風が吹き抜けていく。


結局のところ、選ばれたのは薄っぺらい愛情だった。

血よりも濃いと思われた友情なんてものはなかった。

味のしない愛情が選ばれた。


『これかわいいね』とあの子が言ったから、ルビーのピアスを買ったのに。

まったく同じ物を知らぬ男に与えられていた。笑うしかなかった。

嬉しそうに笑っているのを見ていることしかできなかった。


だから、行き場のなくなったピアスを自分に刺した。

これでお揃いというわけにはいかないだろう。


まったくもって不揃いだ。


「おい、ロン毛」


ギラギラした緑色の目で私をにらむ。

最初に名乗った名前を呼ばれることもなく、この仕事は終わるんだろうな。


「なに? 延長するなら別に構わないけど」


さて、どうするかな。私にできることとはなさそうだから、このまま帰ってもいいんだけど。アフターケアなんて柄じゃない。何よりそういう状況でもなさそうだ。


「私はどこでまちがった? 何がいけなかった? 何が悪かったんだ! 

どうしてこうなった? 何で、何であんな奴が……」


わなわなと肩を震わせて、私と対峙する。結論は出ているのだろう。


「「こんなのまちがってる!」」


だから、自然と声はそろった。こんなはずじゃなかった。

自分の望んだ結果じゃなかった。


「そんなことを言われても困るね。

結果なんて分かるわけないじゃない」


未来予知の魔法を使うまでもない。

私が手を出さなくても、いずれこうなっていた。

答え合わせが少しだけ早まった。それだけだ。


「笑ってんじゃねェよ! 笑うな! やめろ! やめろよ!」


いつの間にか、彼女の手にはナイフが握られていた。

決意と憎悪から生まれた何かだ。名前はない。


「それで私を殺すか? 悪かないね。

実際、どれだけ無駄なのかがよく分かる……」


私の言葉は届かず、ナイフは腹に刺さった。

これもよくあることだ。感情に任せた行動は、すべてを台無しにする。

限りある可能性を潰す。


彼女は何度も刺すような真似はせず、体重を乗せて深く突き刺した。


じわりと血が広がっていく。傷はそのうちふさぐけれど、何度やられても慣れない。

痛いものは痛い。ピアスを強引に刺した耳だって悲鳴を上げる心だって痛い。

それを認めない奴のなんと多いことか。


「そろそろいいかな。結構痛いんだ、これ」


彼女はナイフから手を放すと、自分の手と私の傷を交互に見る。

私は腹に刺さったナイフを抜き、遠くへ放り投げる。

何もかもが血にまみれている。


彼女は呆けた顔で、私を見ていた。

翠玉色の瞳が揺れ、激昂する。


「……アンタなんなんだよ! なんでよけなかった! バカじゃないのか!」


「馬鹿で結構、これが私のやり方なんでね」


殺したかったら殺せばいいさ。

どうせ、私は死なないんだ。

私は肩をすくめる。


「これで分かっただろ、私を刺したところで何も変わらないんだ。

その耳だってそうさ、身につけたところでおそろいにはならないよ」


視界がぐらりと揺れ、その場で崩れ落ちた。

彼女は私の胸ぐらを掴む。


「そんなつもりじゃなかったんだ! 刺すつもりなんてなかった!

私はただ……ただ……!」


「もういいよ、殺す気がないのは分かってたから」


彼女はそのままうずくまって泣きはじめた。

涙はどんな宝石よりも綺麗だった。

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『これかわいいね』とあの子が言ったから、ルビーのピアスを買ったのに。 長月瓦礫 @debrisbottle00

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