第19話 上を向いて。前を向いて。

「……じゃあ、尚更わたしの護衛騎士になってほしいなぁ。そんな過去を聞いたらさ、幸せにさせてあげたいって、欲が出ちゃう。」


人を幸せにする方法は知らない。人間は皆普通の暮らしを送れていて、自分のことは自分で出来ると思っていたから。


でも聖女になって分かった。治安の悪いスラム街。戦争で苦しい思いをする捕虜。人種によって優劣を付けられ、差別する国。


この人間の世界に平和という文字はまだ存在しない。


「わたしにはわたしの出来ることがあるんじゃないかと思ってね。」


「……僕は聖女さまの護衛騎士には相応しくありません。」


「なんで?」


「僕は、自分の力で王国を守れなかった弱者なので、ご迷惑をおかけするかと。」


思い詰めたような表情でそう言った。わたしはラリーの手を優しく握った。


ラリーは驚いたような表情をしたけれど、わたしの手が思ったよりも温かかったのか手を離したりはしなかった。


自分の身分を考えて出来なかっただけかもしれないけど。


「王国取り返したくないの?」


「それは……。」


しばらくラリーは黙った。わたしが説教をしているような光景。


勧誘してるだけなんだけど。誰か通ったら誤解されそう!


うわぁ。やっぱり神獣は自分勝手だなぁ。とか思われてたらどうしよう!?


「取り返したいのだったら強くならなきゃ。」


説教と勘違いされないように笑顔を作る。


「……僕を気遣ってくださることは物凄く嬉しいのですが、辞退させていただきます。」


頑固と頑固による戦い。お互い1歩も引き下がらない。


試合のようなナレーションが脳の中で話しかけてくる。実況してくる。


ラリーの手を離した。


手強いてごわい。どう言えば分かってくれるかで脳をぐるぐると回転させる。


「わたしは絶対に諦めないよ。護衛騎士が必要なの。世界平和を実現させたいの。」


必殺はゴリ押し。命令は極力したくない。ラリーのやる気が落ちちゃうし、交友関係も築きにくい気がする。


女神さまがそういうの全く分からないからなぁ。


「わたしの想いを受け取ってほしいの。1歩も引き下がらないよ。ラリー。」


「……命令すればいいじゃないですか。」


「命令は嫌でしょ?親しくしにくい気がするし、ラリーは過去が蘇って苦しむと思って。」


わたしなりの心遣いなの。受け取って。良い未来を創る資格があなたにはある。誰でもある。


上を向いて。前を向いて。


過去に囚われているから人間と神獣は争っているの。時代遅れの価値観が世界に浸透してる。


「ラリー。」


手を伸ばした。わたしの強い意志がこもった表情でラリーをじっと見つめる。


「……分かりました。」

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