第4話――スケイプニール家

せっかくお父様が来てくれたのに、その後の朝食の時間はあまり楽しいものではなかった。


「では、そろそろ仕事に向かうとするかな」


お父様が空になった食器類を持って立ち上がる。

私はそれを見て、申し訳ない気持ちになった。


「あの……ごめんなさい、お父様。せっかく来ていただいたのに……」

「なに、誰しも一度くらいは嫌な夢を見るものさ。それにエステルにならいつだって会いに来るよ。不安な気持ちのままだったら、仕事終わりにまた来よう」

「あ……ありがとうございます!」


お父様は私にニッコリと微笑むと、軽く手を振って部屋を出ていった。


私は少し名残惜しい気持ちでお父様が出ていったドアを見つめ、それから文机に向かった。

椅子に座り、先ほどのことを思い返す。


つまらない夢なんかの話で、お父様が私のためにいてくれた貴重な時間を無駄にしてしまった。

次に来ていただいた時はこんなことにならないよう、早く気持ちを切り替えよう。


私はこれ以上夢のことを思い出さないよう、読みかけの本を取り出した。


「どこまで読んだかしら……」


ペラペラとページをめくっていく。

引きこもりの私が一日にすることといえば、もっぱら読書だ。

部屋の一角には壁一面の大きな本棚がある。

そこに差さっている本の数は数えきれない。

これら大量の本は、お母様とお姉様が用意してくださった。

私が退屈にならないように、って。

いつしか私は本を閉じ、大切な家族に思いをせていった……


◇ ◇ ◇


スケイプニール家は六人家族だ。

父、母、二人の兄、姉、そして末っ子の私。


マルガレーテ――マリーお母様はとても穏やかで優しい方で、ふんわりとした優雅な金髪のロングヘアーが特徴的。

元々は他国の貴族家の令嬢だったけれど、諸国遊覧していた若い頃のお父様が一目惚れして交際に至ったのだという。

お父様もお母様も、馴れ初めのことはなかなか話したがらない。

だから詳しいことは分からないけれど、お姉様は「いつか二人の出会いの秘密を暴いてやるわ!」と意気込んでたっけ。


お姉様とはエレオノール――エリーお姉様のこと。

お母様譲りの美貌だけれど、ミルクを垂らした最上級の紅茶の色のようなくすんだ金髪を肩の上まで短く切り揃えているため、見る人によってはどちらかというと、少年のような印象を受けるかもしれない。

綺麗な髪だから伸ばせばいいのにと思うが、本人いわく「それじゃ動く時に邪魔でしょ!」とのこと。

お姉様はその言葉通り、私と違ってすごく活発な人。

髪と同じくお母様譲りの緑色の瞳をいつも爛々らんらんと輝かせ、いつもせわしなく学院中を走り回っている……とは次兄のジークお兄様から聞いた話だ。


ジークハルト――次兄のジークお兄様は学院の最上級生で、年齢は現在十九歳。

あと二ヶ月ほどで二十歳になり、それから年が明けたら卒業を控えている。

ちなみにお姉様は十八歳で、私は十六歳。

学年で言うとお姉様が高等部の三年生で、私が高等部一年生になる。

私は引きこもりだから学年なんて関係ないけど……


……学院のことは考えなくていいだろう。


ジークお兄様の話に戻ろう。

お兄様はどちらかと言えば私と同じく穏やかな性質で、外に出て活動するというよりは室内で勉強や研究に励むタイプだ。

コーヒーのような茶色がかった黒髪と、お父様から受け継いだ長身、それに端正な顔立ちが人目を惹き、貴族の子息には珍しい物腰の柔らかさと面倒見の良さが女子生徒の人気を集めている。

学院内にはお兄様の密かなファンが多いのだとか。

これは全部お姉様からの受け売りだけど、私も家族じゃなかったらきっとジークお兄様のような人に惹かれると思う。


最後は……長兄のアレクレッド――アレクお兄様。

アレクお兄様だけは、私の部屋に遊びに来ない。

ジークお兄様もエリーお兄様も何度も連れてこようとしたらしいけれど、アレクお兄様はその度にかたくなに拒否したそうだ。


どうしてだろう。

昔はあんなに優しかったのに。

やっぱり、引きこもりの私に愛想を尽かしてしまったのかな。

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いじめら令嬢の逃避行 冬藤 師走(とうどう しわす) @shiwasu8

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