第3話――ドラクレッド

「さあ、朝食が冷めないうちに食べてしまおう。今日は私がオムレツを焼いたんだ」

「わあ……! 楽しみです」


私は一歩身を引いて、お父様が部屋に入れるようにした。

今年で四十歳になるお父様は、器に負けないほど体格も大きな人で、その身長は百九十センチに届くほど。

私の部屋のドアはお父様にとってはかなり狭いようで、身をかがめてゆっくりと入り、朝食の準備を始めた。


◇ ◇ ◇


ドラクお父様は茶色のウェーブがかった長髪を後ろに束ねていて、頬からあごにかけて髪と同じ色の柔らかいひげを生やしている。

マリーお母様は髭なんかないほうがいいと言っていたけれど、本人は生返事をするばかりで一向に剃ろうとしない。

一度、その理由を尋ねた時、お父様はこう言っていた。


「髭がないと、私は年齢に比べて若く見られがちだからね。少しでも神話書記長としての威厳を保とうとしているのさ」


いたずらっぽくウィンクするお父様を見た私は、首を傾げてこう言ったことを思い出す。


「お髭と威厳に何の関係があるのですか?」

「え?」

「お父様が普段通りに過ごしている姿を見せれば、皆さんもおのずと威厳を感じ、信頼を寄せてくれるはずです。私と同じように」

「……なんとまあ、嬉しいことを言ってくれるね。ありがとう、エステル」

「……?」


お礼を言われることなんかしていないのに、あの時のお父様はすごく嬉しそうだった。

……結局、私の知る限りお父様は一度も髭を剃っていない。

多分、気に入っているのだろう。


◇ ◇ ◇


オムレツをこんがり焼いたトーストに載せて食べながら、お父様は私に尋ねた。


「エステル、浮かない顔をしているけど、何かあったのかい?」

「え? 浮かない顔、ですか?」


私はペタペタと自分の顔を触る。

そんな私を見て、お父様はフフッと笑い声を漏らした。


「自覚がなさそうだね」


その通りだったので、こくっと頷く。

それから、一つ思い当たることがあった。


「そういえば、今日は変な夢を見たんです。そのせいかもしれません」

「夢って、どんな?」

「えっと……」


私はこめかみに手を当てて夢の内容を思い出そうとした。


「何だったっけ……ええと、確か踊っている夢でした」

「踊っている? エステルがかい?」


意外そうなお父様に、私は首を横に振って続ける。


「私ではなくて……そう、女の人です」

「ほう。エステルの知り合いかな」

「いいえ、知らない人なのですけれど……どこかで会ったこともあるような気がして」


そうだ。

夢で踊っていた女の人。

私はその人に見覚えがないはずなのに、彼女が踊っている姿を見て、どこか懐かしい感覚を抱いたのだ。

あの人はどういう姿をしていたっけ?


「ええっと……銀色の髪をした人です。白いワンピースみたいなドレスを着ていて、あとは……」

「あとは?」

「…………私と同じ、赤い目」


最後の一言は、無意識に出たものだった。

瞬間、私はバッと口を押さえる。

そしてお父様の顔を見ると、困ったような笑みを浮かべていた。


「エステル……今さら聞くのも疲れるだろうけれど、君の目の色は単なる生まれつきのもので、おとぎ話の魔女とは何の関係もないんだよ」


分かっている。

分かっているけれど、私は怖いのだ。

私がいじめに遭うようになったきっかけ。

私が引きこもるようになったきっかけ。


キボニア共和国に伝わるおとぎ話に登場する悪者。

私と同じ赤い目を持った伝説上の存在。

灼眼しゃくがんの魔女』のことが。

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