第2話――神聖七家

それからしばらくして、またドアをノックする音がした。

コンコン、と二回。

今度は家族の誰かだ――!


私はテテテテ、と足早にドアまで近付いて、勢いよく開ける。

ちなみに内開きだから、ぶつける心配はない。


「おはよう、エステル」

「おはようございます、お父様」


にこやかに立っていたのはお父様――ドラクレッド・フォン・スケイプニール神聖書記長だった。


私の暮らす国、キボニア共和国は共和制を採っていて、『神聖七家しんせいななけ』と呼ばれる七つの家の代表が議会を形成して国を統治している。

権力が個人に集まらないようにしているのだ。


神聖七家とはすなわち……

『神聖法条』のカテラル家。

『神聖理財』のシャフト家。

『神聖啓蒙けいもう』のアルター家。

『神聖書記』のスケイプニール家。

『神聖兵馬ひょうば』のキャスパロック家。

『神聖執行しつぎょう』のタブーデルタ家。

そして――『神聖統括とうかつ』のエンダー家。


『神聖書記』の役目を主神エーテルより仰せつかっているスケイプニール家の主な仕事は、国の歴史を編纂して所蔵すること。

他のお仕事もあるらしいけれど……お父様はそのことを話したがらない。

だから私もお兄様もお姉様も、昔からそれについては聞かないことにしている。

みんな、お父様を困らせたくないから。


お父様は私を見て、にっこりと笑みを深めた。


「今日もエステルが元気そうで良かった。朝食を持ってきたから一緒に食べよう」

「いつもありがとうございます、お父様。お忙しい身なのに……」

「まあ、確かに忙しいは忙しい……が、娘との大切な時間をないがしろにするほど忙しいわけではないさ」


「それに……」とお父様が声を潜めたので、私は耳をお父様のほうに近付ける。


「実を言うと、家族とのひと時を味わう暇もなくなったら、いつでも仕事をやめて隠居してやると他の家の連中には常々言っているんだ。彼らもそのことを承知して、私にあまり仕事を振らないようにしてくれているのさ」


はっはっは、と朗らかに笑うお父様。

その笑顔を見て、私の心は温かい気持ちでいっぱいになった。


大好きだ。

私は、私の家族が何よりもいとおしい。


お父様もお母様もジークお兄様もお姉様も、みんな忙しいのに暇を見つけてはこうして引きこもりの私に会いに来てくれる。

申し訳ないとは、今でも少し思う。

でも、それ以上にこうして自分達の時間をいて、会いに来てくれることが嬉しい。


悲しい話は、過去に十分すぎるほど済ませた。

だから私は、家族のことだけはこうして自分の気持ちに素直になることにしている。

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