第1話――いじめら令嬢

朝日の柔らかな光と小鳥の鳴き声が私の目と耳を心地よく刺激し、眠りから覚める。


私はベッドから身体を起こし、うんと伸びをした。

なんだろう。変な夢を見ていた気がするけれど……うまく思い出せない。


ベッドの脇の窓から、外の様子を覗いてみた。

雲一つない青空。

私の嫌いな天気だ。

外に出なさいと神様に言われているような気がして。


外は、怖い。

子どもの頃にそう思わされる出来事があった。

貴族が通う学園に入学した最初の日。

みんなの前で挨拶する私に、名前も知らない男子生徒が私の顔を指差してこう言った。


「おいアイツ、目が赤いぜ! 魔女だ!」


――それから一ヶ月後、私は学園に通わなくなった。

目の色を理由に、いじめに遭うようになったから。

もう学園に行きたくない、と泣きじゃくりながらお父様に言った日のこと。

お父様は悲しそうな表情で、私のワガママを了承してくれた。


嫌なことを思い出してしまって、ぶるりと身震いする。

窓のカーテンを閉めて、太陽の光が入ってこないようにした。

私の一日は、ここから始まる。


◇ ◇ ◇


コンコンコン、とノックの音があった。

ドアを三回叩くのは使用人だ。

私は物音を立てないようにして、部屋の向こうから人の気配がしなくなるのを待った。

一分ほどして、足音が遠ざかっていくのを確認する。

私はベッドからゆっくり離れ、慎重にドアに近付く。

そっと扉を開けると、洗面用の桶と手拭いが置かれていた。

私は素早くそれらを拾って、急いでドアを閉じる。


屋敷の洗面所には極力使わないようにしている。

使用人達と顔を合わせる可能性があるからだ。

みんなは私なんかにも優しくしてくれるけれど、決して目を合わせようとはしない。

引きこもるようになってからそのことに気付いた。

みんな、私の赤い目を怖がっているのだと悟って、私は屋敷を歩くこともやめた。

それ以来、食事や身支度はほとんど全て部屋の中で済ませるようになった。


歯を磨いて顔を洗い、水に映った自分の姿を見ながら髪を軽くいて整える。

部屋に鏡は置いていない。引きこもり始めた時、お母様が用意してくれようとしたが私が断った。

鏡は私の赤い目を残酷なまでに綺麗に反射してしまうから。

水はうまく私の姿を映さないから、好きだ。


◇ ◇ ◇


桶と手拭いを使い終わったら、部屋の外に出しておく。

『いつもありがとう』と刻んだ木の小板を添えて。

最初は毎日紙に書いていたのだけれど、ある日資材の無駄だと気付いてからは木の板を使い回すようになった。

桶の横に板を置いた時、それがもうボロボロになっていることに気付く。


「また新しいのを作らないと……次の新月は何日後だっけ」


ボロボロになったらメッセージに込められた気持ちが摩耗するように感じるから、私は定期的に板を新しくすることにしている。

他の人に板を用意してもらうのは何か違う気がしていて、私は新月の夜になったらこっそり部屋を抜け出して、屋敷の裏手にある森まで材料を採りに行っているのだ。


脳内の予定帳にスケジュールを記載して、私は再び部屋に引きこもった。

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