いじめら令嬢の逃避行

冬藤 師走(とうどう しわす)

プロローグ――死に戻った夢

こんな夢を見た。


綺麗な女性が焼け野原で優雅に踊っている。

焦げた土の上で華麗なステップを踏むたびに、草木の燃えかすと灰が彼女の周りに舞う。

柔らかそうな銀色の長い髪がふわりと揺れ、舞った滓と灰がそこに付着する。しかし美しい彼女は気にするそぶりなど見せず、舞踏会で踊るようなゆったりとしたダンスを続けていた。


彼女がターンをした。

その顔を見て、私はハッと息を呑む。

赤い目をしている。

私と同じ、灼眼。


私?

私って誰だ。


場面が変わった。

今度は、踊っているのは私だった。

自分の意思とは無関係に動く身体。

おかしいな、私はダンスなんて踊ったことがないのに。

でも、楽しい。

身体を動かすのってこんなに楽しいんだ。


踊っていると、お父様とお母様が遠くのほうに立っているのを見つけた。

お兄様とお姉様もその横にいる。

私の大好きな家族。何も持っていない私の、唯一の宝物。

お父様達は私のダンスを見て、笑っていた。


あれ? 違う。

お父様達、泣いている。

笑いながら泣いているんだ。

どうして? やっぱり私のダンス、変に見えるのかな。

おかしなダンスだから呆れて……ううん、怒っているのかもしれない。

『エステル。それでもお前はスケイプニール家の一員なのか』って。

――そうだ。

私の名前はエステル・フォン・スケイプニール。


また場面が変わった。

さっきの銀髪の美しい女の人が私を抱きかかえていた。

あれ?

私、そんなに身体が小さくないのにな。


『ごめんね……』

女の人が謝った。

私、この人に謝られるような覚えなんてない。

人違いではないですか?

そう言おうとしたけど、代わりに私の口から洩れたのは「あぅ」という呻き声だった。

なんでだろう、喋れないや。

女の人は私をどこかにゆっくり降ろすと、私の顔を覗き込んで微笑んだ。

微笑んでるのに、泣いてる。

私の大切な家族と同じように。


女の人が立ち上がった。もう私の顔を見てはいない。

どこに行くの? と聞こうとしたけどまた「あうあう」としか話せない。

そっか。私は今、赤ちゃんなんだ。

女の人が走り去っていく足音が聞こえて、それから何も音がしなくなった。


どれだけの時間が経ったのだろう。

ずっと一人ぼっちだったけど、私は不思議と怖くはなかった。

だって、お父様が迎えに来てくれるから。


――コツ、コツ、コツ。

ほら、お父様の足音。


『む……?』


お父様の声だ。

足音が段々大きくなって、私の目の前で止まった。


『これは……捨て子か? なんと可哀想に……』


私の身体がまた抱き上げられた。お父様が抱っこしてくれたのだ。


『……っ!』


お父様が私を見て、顔を強張らせる。

どうしたの? 早く家に連れていって。

部屋に戻って本を読みたいな。

お外は怖いもの。

そう教えてくれたのはお父様だよね?


『瞳が、赤い……燃えているようだ』


そう。私は赤い目をしている。

私の家族以外は目を合わせてくれない。

みんな怯えたように視線を外して、どこかへ行ってしまう。

多分、この赤い目が醜いからなんだと思っている。


『灼眼の赤子、か』


お父様は迷っているようだったけど、私はちっとも心配していなかった。

だって、お父様は優しいから。

どんなに迷っても、結局は私を家に迎え入れてくれるんだよね。


『……ともかく、いつまでも外に置いていくわけにはいくまい』


ほらね。

お父様は私を抱えたまま屋敷に戻っていく。

こうして、私はスケイプニール家の一員になった。


大好きよ、みんな。

お父様もお母様もお兄様もお姉様も、みんな愛している。

私の宝物には、誰にも手出しさせない。


次は間違えないからね。

またここに、戻ってくるね。

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